339.七転八倒(蔵飛)
「うっ……あ。あああああっ」
 窓ガラスを揺らすほどの声に、耳を塞ぐ。本当は目も塞いでしまいたがったが、そうしてしまうと俺がここにいる意味は無いと思い、必死で蔵馬を見つめていた。
 だが。部屋の隅に座っているだけの俺に、ここにいる意味など果たしてあるのだろうか。
 俺を庇って妖怪の毒にやられた蔵馬は、ムクロの元に連れて行くという申し出を断り、自分で解毒剤を調合した。
 そこまでは良かった。
 だが、解毒にはじわりじわりと毒にやられている以上の苦痛が伴った。それでも死ぬよりはマシだろうと思ったが、長引く苦痛に蔵馬は自らを殺そうとした。
 俺が傍にいたから、何とかそれを食い止め瞬間だけ正気に戻った蔵馬に言われた通り、その体をベッドへと縛り付けた。
 それから三日たった今も、蔵馬の体からまだ毒は抜けない。
 もしかしたら調合ミスではないのか。そんな不安が幾度と無く頭を駆け巡ったが、こんな状態の蔵馬を置いてムクロの元へ行くことも出来ないし、ましてや担いでいくことなど不可能だ。
 こうなったら、蔵馬を信じるしかない。
 傍にいることしか出来ない自分に腹が立つ。こういうときに限って尋ねてこない浦飯や、コエンマにも。
 抱えた膝に爪を立て、自分を痛めつける。こんなことをしたところでどうにもならないし、逆に回復した蔵馬が知れば哀しむだろうことは分かっているのだが。
「ひ、えい」
 掠れた声で呼ぶ声に、俺は知らず伏せていた顔を上げた。正気の目と、目が合う。
「蔵馬」
「いや、まだ、だ。けど……」
 固定された腕の、指先だけが何度も動く。一瞬だけその指に目線を移すと、蔵馬はまた俺を見つめた。
「……ちっ」
 舌打ちをして、ゆっくりと腰を上げる。
 ベッドの傍に座り、その手に触れると、蔵馬は痛いくらいに強く握りしめてきた。
「苦しいか?」
「飛影の、顔、見ると。少し、楽になる」
「ふん」
 呟いて顔を背ける。そんな俺を見てか、蔵馬が微笑った。
 数日ぶりの笑み。それはいつもの余裕のあるものではなく、酷く弱々しいものではあったが。それでも、俺を安心させるには充分だった。
 随分と勝手な話だ。蔵馬をこんな目にあわせたのは俺であり、蔵馬はまだ苦しみの中にいるというのに。
「ごめん」
「何故謝る?」
「オレのせいで。あなた、もうずっとここにいる……」
「……俺の勝手だ。貴様に指図されたわけじゃない」
「そう。よかった」
 安堵したように微笑む蔵馬に、胸が痛む。
 結局、俺はそれ以上何も言うことも出来ず、再び苦しみ出した蔵馬の声をただ傍で聞いているしかなかった。
(2010/07/15)
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