340.全力疾走(はるみち)
「そういえば」
「何?」
「はるかが全力で走っているところ、私、見たことないわ」
「おいおい。何言ってるんだよ。僕の出てる大会の殆どを観に来ていた奴が」
「それはそうだけど。でもはるか、陸上では全然本気出してなかったじゃない。そうでしょう?」
「……さぁ。どうだったかな」
「もう。またとぼけて」
「勝負にならなきゃ詰まらないだろ?」
「勝負がしたくて力を抑えていたの?」
「だから別に僕は……」
「そうなの?」
「……そうだよ。最低だろ?全力で走ってた奴らに失礼だよな」
「そんなこと言ってないわ」
「そう言えば、君だけだな。僕が余力を残してることに気付いたの」
「あら。そうなの?でも陸上の専門家なら気付くはずなんじゃなくて?」
「専門家なんて。中学生の大会を見たりはしないさ。顧問たちは僕のタイムを見てそれが限界だと判断していたみたいだったな。誰もそれ以上のタイムが出るとは思ってなかったらしい。見くびられてたのかな」
「それだけ貴女が速かったっていうだけのことよ」
「まぁ、そういう事にしておくよ。兎に角、君だけだったな。しかも初対面で面と向かってさ」
「……もう、あの時のことは言わないで。恥ずかしいわ」
「どうして?僕には大切な想い出だけど」
「どうしてもよ。……話がずれているわ。ねぇ。全力を出してみる気はないの?」
「……出してるさ」
「え?」
「僕はいつだって全力で走ってるさ。君に置いて行かれないようにって、必死でね」
「置いていく?私が?」
「……みちる」
「どうしたのよ、はるか。ねぇ」
「僕はいつでも、全力だよ。全力で、君をあ――」
「ストップ」
「なんだよ」
「話が摩り替わっていてよ」
「いいだろ?別に」
「よくないわ」
「なんで」
「だって……」
「歯止めが利かなくなる?」
「…………」
「全力、見たいんだろ?」
「だから。それは走っている姿で」
「同じことだよ」
「違うわ」
「じゃあ、止める?」
「…………」
「ったく。素直じゃないな」
(2009/12/9)
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