349.黙秘権の主張(蔵飛)
「ねぇ。一体何があったんですか?」
 俺の体にベタベタと触れながら、蔵馬は言った。
「別に」
 呟く俺に溜息を吐き、傍らに置いた濡れタオルで俺の体にこびりついている血を拭っていく。その手には、優しさの欠片もない。まるで窓についた汚れを落とすように、黙々と俺の体を磨いていく。
「教えてくれたっていいじゃないですか」
「教えなくとも構わないだろう?」
 目を覗き込んでこようとする蔵馬から、顔を背ける。それでも逃げることをしないのは、こいつなら深く追求せずに傷を治してくれるからだ。ムクロはあれこれとしつこい。
「また、だんまりですか。最近、多くないですか。そういうの」
 溜息が俺の体にかかる。体が湿り気を帯びているせいか、生温かいはずのそれを冷たく感じた。僅かに、身震いする。
「教えてくれたって、何が減るわけでもないのに」
 わざとらしい、独り言。また溜息が体にかかる。
 傷に集中しているようにみせて、俺のことをチラチラと窺っているのが分かる。一体、何を知りたいというのだ。本当は、興味の欠片もないくせに。
「薬、塗るから。横になって」
 言い終わるとほぼ同時に肩を軽く押され、オレはそのままベッドに上体を倒した。視界に映っていた机が九十度傾き、そこに蔵馬の細い腕と赤い髪が入り込んでくる。
「薬を、塗るんだろう?」
「それからだと、苦いといってあなたが嫌がるかと思いまして」
 目だけで見つめた俺に、蔵馬は伸ばした手で顎を掴むと、顔ごと自分の方を向けさせた。そのまま顔が近づき、唇に温もりが宿る。
 何度か啄ばみ、深く口付けると、蔵馬は離れた。銀糸だけが名残を惜しんで二人を繋ぐ。それが蔵馬の本心であるように思えたのは、きっと、俺の本心を映し出していたからだろう。
 馬鹿馬鹿しい。
 眩しい蛍光灯の光に目を細めながら、思う。だが、口から漏れてきたのは溜息ではなく、詰めたような呼吸(いき)だった。
 磨り潰された薬草が、蔵馬の舌で俺の傷口に塗りたくられる。
 その動きにも、やはり優しさなど感じられない。行為の時は、呆れてしまうほど、甘いのに。それでも、体に僅かにでも熱を抱いてしまう自分を、恨めしく思う。
 だが、結局お前は俺の体にしか興味がないんだ。だからそれ以外のときはこうして。……冷たい。
 漏れそうになる、熱い吐息。誤魔化すように大袈裟に溜息を吐くと、一瞬だけ蔵馬の動きが止まったような気がしたが、構わず俺は口を閉ざした。
(2010/03/22)
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