380.開け、ゴマ(不二塚)
「さて、どうしようかな」
 わざと声に出して言ってみる。吐息は星空に吸い込まれるようにして消えて行ったけれど、僕の想いまでは連れて行ってはくれなかった。嬉しいような、哀しいような。
 いや、哀しいなんてことはないか。折角見つけたんだ。この想いは、もう二度と出会えないかもしれない。大切にしないと。
 大切に、か。考えてることとやってることがちぐはぐだな。
 駆けてきたせいで弾んだ息を整えるように深呼吸を繰り返す。見上げた視線の先には、愛しいシルエットが浮かんでいる。
 二階の窓。カーテン越しに見える彼の姿。これじゃあまるで、ストーカーだ。
「だって、しょうがないじゃないか。携帯の番号も、家電の番号も知らないんだから」
 誰に言い聞かせてるのか。口に出した言い訳に、思わず苦笑する。だったら乾にでも聞けばいいだろうなんて、きっと英二だったらいうんだろうけど。どうして彼の番号を知りたがるのかって、その理由を言えるはずがないから当然聞けるはずもない。本人に聞く? それは論外だよ。
「気付かないかな」
 気付くわけないよな。
 汗が冷え、冬の寒さが三割増で体を襲う。ここまで来る途中で外してしまった手袋を再び身につけ、両手をポケットに突っ込む。そのままぴょんぴょんと跳ねてみたけれど、それくらいでは誤魔化しきれないほどに今夜は寒い。
 どうしてこんな日に、彼に会いたいなんて思ってしまったんだろう。それも、我慢が出来ないほどに。
 想いを大切にするって、でも、大事にしまっておくこととは違うしな。だからって、想うままに行動することも違うような気もするけれど。
 なんて。もう行動に起こしてしまった今、そんなことをあれこれ考えても仕方がない。
「開かないかな、窓」
 気付かなくてもいいから。もうここまで来たからには、その姿を見ないと帰りたくない。シルエットだけなんて、余計淋しさが募るだけだ。
 そういえば、なんか呪文があったよな。扉を開ける、魔法の言葉。なんだっけ。
 相変わらずぴょんぴょんと跳ねながら考えてみたけれど、着地の振動で思考が分散してしまって上手く行かなかったから、仕方がなく僕は地に足をつけ続けることにした。
 その代わりというかなんというか、肩に力を入れ、身を固める。けれど、そのお陰で、やっと呪文を思い出すことが出来た。
「よし」
 馬鹿馬鹿しいな、なんだか。そう思いながらも、彼の部屋を殆ど睨みつけるようにしてしっかりと見つめると、小さくではあるけれど、有りっ丈の思いをこめて僕はその呪文を呟いた。
(2010/04/20)
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