386.引き金を引く覚悟(はるみち)
 あの時、ほんの僅かだけ躊躇った。
 死が怖かったわけじゃない。使命が全う出来ないことが悔しかったわけでもない。
 その引き金を引く、覚悟はあった。
 ただ。
 みちると、同じ場所にいけるかどうか。それが不安だったんだ。

「眠れない?」
 毛布の隙間から入り込む冷えた空気に起こされたのか、みちるは寝返りをうつと僕を呼んだ。
 手のひらから彼女へと視線を移し、曖昧に微笑む。
「ピュアな心の持ち主という犠牲者を出さずにすんだのよ。貴女の手は、汚れてはいないわ」
 僕の手に触れ、なだめるように。
 今はまだ、だけどね。と、言いそうになる言葉を飲み込むために、僕はまた曖昧な笑みを崩せない。
「はるか」
 か細い声とは反対に強く腕を引かれ、彼女の上に倒れた。体を起こそうとしたけれど、それよりも早く、彼女の手が僕の背に回る。
「みちる?」
「お帰りなさい、はるか」
 布越しでも爪の感触が分かるほどに、強く。震える手はその力のせいなのか、それとも。
「……先に、自分だけの世界に行ったのは。君だろ?」
 腕を伸ばし、彼女の髪を優しく撫でる。
「でも」
 言いかけたその唇を塞ぐと、背中の痛みが少しだけ和らいだ。
「お帰り、みちる」
 耳元で囁いて、少しだけ距離をとる。見下ろすと、みちるの目の中の自分と、目が合った。
 揺らぐ瞳。それを止めさせようと微笑んでみたけど。
「ただいま、はるか」
 震える声で言ったみちるは、微笑みながらもその目から雫を零した。
(2010/05/20)
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