387.胡乱(不二塚)
「何処に行ってたんだ」
 部屋の灯りをつけると、ソファに座ってた手塚が振り返らないで言った。どうしたの、灯りもつけないで。尋ねるけど、答えは来ない。
「何処に行っていた? 過剰なトレーニングは禁止されているはずだが」
 U-17の合宿所。部屋割りはどういう幸運か手塚と同じだった。いや、今はそう単純に幸運とも言えなくなってきているけれど。
「それとも、トレーニング以外の用事か?」
「何か、言いたげだね」
 手塚の左隣に座り、僕を見ようとしないその横顔を眺める。別に、と手塚は呟いたが、引っ掛かる何かがあるのは明白で。だから僕は、眼鏡を直そうと持ち上げたその左手を掴むと強く引いた。
 驚きに僕を見つめる暇も与えずに、唇を重ねる。自由な右手は拒むように肩を押しやったけれど、体を揺らしながらもそれでも僕は手塚を離さなかった。
 そうして手塚が抵抗を諦めた頃、ようやく唇を離した僕は深い溜息を吐いた。その音を聴いた手塚が、口元を拭いながら僕を睨みつける。まるで、溜息をつきたいのは自分だと言わんばかりに。
「会ってたけど、それだけだよ。……それとも、僕が信じられない?」
 本当は、少し違う。それだけだったわけじゃない。それだけにしたんだ。
 久しぶりに会った大和くんは、まだ僕を、想っていてくれた。
「お前はよく、嘘をつく。それに……好奇心も、強い」
「好奇心なら、今は君にしか向かってないよ、手塚」
 そう、今は。
 昔は。無我の扉というものを、見せ付けられる前の僕なら。もしかしたら、大和くんの申し出に心が動いたかもしれない。でも、今は。
 ……いや、違うな。別に、テニスがどうこうで僕は手塚を好きなわけじゃない。テニスは単なる切欠にしか過ぎない。
 だから。
「大丈夫だよ、手塚。何も、心配することはないから」
 手塚の腕を掴んでいた手を、今度は頬へと向かわせる。触れた瞬間、手塚の体が少しだけ震えたけれど、今度は拒もうとしなかった。そのかわり、真っ直ぐに僕を見つめたまま、視界がぼやけてくる距離になってもその目を閉じようとはしなかった。
(2010/05/05)
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