389.ダイナミック(はるみち)
「……君は、思ったよりダイナミックに演奏をするんだね」
「本当に伝えたい音があるなら、全身を使わなければ届かないものよ。指先だけじゃ、幾ら綺麗な音を出せてもそれは平面の絵と同じ」
「なるほど。でも、絵にも感情や奥行きを感じるものもあるけどな」
「だからそれは。小手先だけで描いているわけじゃないということよ」
「分かってる。ちょっと意地悪をしてみたかっただけさ」
「もう」
「……でも、だからなのかもしれないな」
「え?」
「僕のピアノが、上手くないのは」
「はるかは余り姿勢を崩さないものね」
「のせる感情が見つからないんだ。譜面からその感情は読み取れるんだけど、それが自分の中で沸かない。だから感情がのらない。相性が悪いのかもな」
「そんなこと……。私は、貴女のピアノ、好きよ」
「それは、ピアノを弾いている僕の姿が、だろ? 音じゃない」
「自惚れてるの?」
「卑下してるんだよ」
「……誰かのために」
「なに?」
「誰かのために、弾いてみたら? 沸き起こるものが、譜面にある感情とは違う感情だったとしても。きっと、上辺だけの音にはならないと思うの」
「……それは、君を想って弾けって言ってるのかな?」
「そうは言ってないわ。でも」
「分かってないな」
「え?」
「今の僕が誰かを想って弾くっていったら、その対象は君しかいないんだよ、みちる。つまり、誰かのためにっていうのは、みちるのためにってことなんだ」
「私、そんなつもりじゃ……」
「でも、それも悪くないかもな」
「はるか?」
「どうせ僕がピアノを聴かせる相手は君だけなんだから。それなら、君のために弾くべきだろ? ただ、そうだな。そうなると、哀しい曲は選べなくなるかな」
「どうして?」
「君を想いながら哀しい曲を弾いたって、説得力がないからさ。どんな想い曲だって君を想えばきっと、指先が鍵盤の上で踊るだろうし」
「……なによ、それ」
(2010/06/06)
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