390.ひとかけのチョコ(はるみち)
「あら、はるか。随分とたくさんチョコを貰ったのね」
 夕日に染まる、閑散とした教室。窓辺の席で読書に耽っていたみちるは、教室に入ってきたはるかの両手に提げていた紙袋に言った。それは少し棘のある言い方だったのだが、はるかは気にも留めていない様子で、まあね、と頷いた。みちるの向かいの椅子に反対向きに座り、両手を揃えて差し出す。
「なあに?」
「あれ? みちるは僕にくれないの?」
「どうして?」
「どうしてって……」
 平然とみちるに返され、はるかは困惑した表情を見せたが、まぁいいか、と呟くと足元に置いた紙袋から適当に一箱取り出した。無造作に包装を解き、口の中にチョコレートを放る。
「みちるも食べる?」
「それは貴女が貰ったものよ。私なんかが食べたら、貴女を想っている女の子たちに悪いわ」
「何、拗ねてんだよ」
 流石のはるかも、みちるの態度がいつもと違うことに気付いたものの、その原因にまでは思い至らず。頬杖をついては、読書の続きをはじめてしまったみちるを眺めていたのだが。
「そうか」
 呟いたはるかは、チョコレートをひとかけ齧ると、本から自分へと視線を移したみちるへと手を伸ばした。腰を浮かせ、その柔らかな唇に自分のそれを重ね合わせる。
 少し強く顎を掴んでみちるの口を開かせると、はるかはそのまま自分の舌を捻じ込んだ。口の中に広がった甘い味と共に。
「……はるか。ここは学校よ?」
「僕だってこれでも一応、女の子だからね。好きな子に、チョコくらいはあげないと」
 みちるの言葉を無視してはるかは言うと、だから拗ねてたんだろ、としたり顔で微笑った。
 違うわ。みちるは言い返したかったが、口の中に残る香りがそれをさせてくれなかった。もう、とそれだけを呟くのが精一杯で。
「そろそろ帰ろうぜ、みちる。余り長居をして女の子に掴まったら困る」
 みちるの手から文庫を奪いとると、はるかは紙袋をひとまとめにし、立ち上がった。顔を赤くしたままのみちるに、右手を差し出す。
「はるか?」
「チョコはいらないから。君の手をくれないか?」
 眩しい夕日のせいだけではなく目を細めて見つめるはるかに、勝手なんだから、と呟くと、みちるは自分の左手をはるかの右手にそっと乗せた。
(2010/02/08)
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