409.もらい泣き(ウラネプ)
「ウラヌス。お願い、目を開けて、ウラヌスっ!」
 僕の体を柔らかい温もりが包み込む。それはとても心地のいいものだったけれど、耳元で喚く声に僕は渋々目を開けた。
 視界いっぱいに、逆光になった彼女の顔が映りこむ。
「……どうして、君が泣いてるんだ?」
 君は痛くない。痛いのは、僕なのに。
 手を伸ばし、零れ落ちる涙を拭う。けれど、彼女の頬は余計に汚れてしまった。僕の手に付いた赤が、そうさせたらしい。
 失敗したな。もう一度拭ってやろうとしたけれど、自分の汚れた手ではこれ以上は同じことだ。
「どうして、貴女は笑っていられるの?」
 苦笑した僕に、彼女が震える声で呟いた。それは嗚咽に途切れたものだったけれど、僅かに怒気を含んでいた。
 どうして君は怒るんだ? そんな疑問が浮かんだけど、声にするのも面倒で。僕はただ、ゆっくりとまばたきをした。
 瞬間、僕の目から何かが、零れ落ちた。
 もしかして、僕は今、泣いているのか?
「ウラヌス、痛む?」
 そりゃ、痛いのは痛いさ。いや、今はもう、感覚が麻痺して痛みは分からなくなってきてるが。でもじゃあ、どうして僕は泣いてるんだ?
 ああ、そうか。
「ウラヌス?」
「君が、泣いてるから」
 汚れた手だと分かっていたけれど、僕はどうしてもその涙を拭いたくて、もう一度手を伸ばした。伸ばそうとした。
 ……胸の高さまでしか、腕が上がってくれない。
 悔しくて。血塗れで震えている手を睨みつけると、それに気付いた彼女が僕の手を取ってくれた。温もりを確かめるように、僕の手を頬にあてる。だから僕は、指先を動かして何とかその涙を拭った。
「大丈夫。傷は、痛まない。これは、ただのもらい泣きだよ。君が、微笑ってくれれば」
 僕も、微笑えるのに。苦笑いなんかじゃなく、心から。
「無理よ、そんなの」
「どう、して?」
「だって……」
 だって、僕が死ぬから?
 折角拭ったのに、次から次へと溢れてくる涙は、彼女の顎を伝って僕の頬すらも濡らした。いや、それは。僕自身の涙だったのかもしれない。
「ネプチューン。ほんの少しの、短い、別れだよ」
 僕たちは、きっとまた会える。ほら、重なって見えるんだ。見慣れないコスチュームに身を包んで、僕に微笑いかけている君が。僕には君のような予知能力はないけど。きっとこれは、いつか触れることの出来る時間なんだろ?
「嫌よ、そんなの! 貴女と離れ離れになるだなんて、私っ……」
「ここにいたって、頻繁に会えてたわけじゃないんだ。君は、次の転生まで。僕が、自分の星で生きていると思えば、いい」
 ただ、互いに自分の星を守ることに忙しくて、会えないのだと。
「そんなの」
「なぁ、ネプチューン。頼む、よ。いつだって、別れるときは、またねって、笑顔を交わしてた、じゃないか。これは、特別な別れじゃないんだ。だから、いつもみたいに……」
 舌がもつれてきて、僕はその先の言葉を口にすることを諦めた。口で呼吸をしているせいで、喉が酷く渇く。水分なら、嫌というほど、僕に降り注いでいるのに。彼女の涙は、恵みの雨にはなってくれないというのか。
 ……目が、霞んできた。これじゃ、彼女が微笑んでくれたとしても、見ることが出来ないかな。そんなことを思っていると、強い声が僕を呼んだ。
 一度だけ強く目を瞑り、彼女を見上げる。
 クリアになった視界で見た彼女は、思ったとおり、微笑んでくれていた。
「ありがとう、ネプチューン」
「違うわ、ウラヌス。またね、よ」
「そう、ったな。……ン」
 また、と呟いた僕の言葉は届いていたのか分からない。けどきっと、微笑うことは出来ていただろう。
 暗くなる僕の視界の向こうから、またね、と優しい声が、届いた。
(2010/05/04)
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