419.ミイラとりがミイラ(蔵飛)
「……落ち着いたか?」
「ごめん、飛影」
 荒い息のまま、体を起こす。隣で横になっている飛影を見ると、その体には無数の傷が出来ていた。切り傷、打ち身、それから……所有の、証。
「フン。ミイラ取りがミイラか? 情けない話だ」
「……ごめん」
 それしか言えない。
 纏わりつく汗と、そのせいで体に張り付く銀色の髪が鬱陶しかったが、オレは立ち上がることが出来なかった。精神的にも、肉体的にも。
 妖気は、殆ど放ってしまった。もうすぐこの体は南野の肉体に戻る。
 その前に、残った妖気で彼のための薬草だけでも出しておかなければと思う。恐らく、南野の姿に戻ってしまえば、一週間は人間界の植物すらまともに扱えなくなるだろう。
 それだけの妖気を、オレは、その小さな体に注いでしまった……。
 彼の傷口から薄っすらと見える、オレの妖気。黒龍すら喰ってしまう彼でも、暴走したオレの妖気はどうも消化不良のようだ。
「辛いだろうけど。先、シャワー浴びてきて。戻ってきたら、手当てをするから」
 お願い、と彼の額に唇を落として微笑む。きっとそれは弱々しいものになっていたのだろう。オレの顔をまじまじと見つめた後で、彼は舌打ちをすると大人しくバスルームへと向かった。
 部屋が静まり返るのを確認し、意識を集中して薬草を手の中に育てる。
 流石に彼の体に塗るとしても充分すぎるほどにそれが育った頃、唐突にオレの体は南野に戻った。眩暈に任せて、体を倒す。
 情けない、か。確かにその通りだ。
 多重人格ではないが、妖狐でいるときは多少感情の出方が違う。魔界統一トーナメントが終わり暫くは安定していたのだが、ここ数日は南野でいても妖狐でいるときのような錯覚に陥るようになっていた。以前はその度に妖狐になり、妖気を放出していたが、今は……。南野への負担が大きすぎる。
 それならばいっそ一度だけ妖狐になり、妖気をコントロールする術を身につけるべく、とことん向き合おうと思ったのだが。まさか、暴走するなんて。
 飛影がオレの変化に気付き駆けつけたのは、幸運なのか、不運なのか。
 自分が自分ではないような感覚。冷静なオレはただ自分を俯瞰する位置から、獣がするよりも酷いセックスをただ眺めていた。
「蔵馬……?」
 ドアが開き、髪から雫を滴らせた彼が現れる。オレは体を起こすと、彼を手招いた。ベッドへと寝かせ、腰に巻かれたタオルを広げる。
「自分でつけておいて、そんなツラするな」
「……ごめん」
 謝るオレに、彼の手が伸びる。赤い髪を指に絡めるようにしてうなじを握ると、強引にオレを引き寄せた。
「飛影。そういう、煽るようなことは」
「あれだけして、まだ足りないのか?」
 口元を歪めて彼が笑う。皮肉に対抗する言葉は見つかったが、オレはそれを口にすることは出来なかった。そんなオレに舌打ちをした彼が、再び唇を重ねてくる。
「……もう、ほんとに。傷の手当をしないと」
「バカが」
「えっ、ちょっと、飛影……」
 それまで投げ出されていたもう片方の腕がオレの背に回り、抱きしめられる。こんなこと、爪を立てる目的以外でされたことがなく、オレは戸惑いの中動けなくなってしまった。
 彼の吐息を、耳元に感じる。
「俺を使え」
「えっ?」
「お前がお前でいるのなら、構わん。ただ、今日のようなことは二度とごめんだがな」
 言い終えた彼の腕が緩み、体を離す。オレを見上げている彼は不敵に笑うと、仕切り直しを求めるかのようにオレの髪を自分の唇にあてた。
(2010/05/19)
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