437.被害妄想(蔵飛)
「俺に何をした」
 土足で部屋に上がりこむなり、飛影はオレの首筋に刃をあてた。
「何のことです?」
 本当に心当たりが無かったからそう返しただけなのに、とぼけるな、という声とともに軽く剣を引かれた。滑る刃が、オレの皮膚を薄く裂いていく。
「次は血を見ることになるぜ」
「順序だてて話してくれないと、例え死んでも理解できないと思いますけど」
「じゃあ、死ね」
「っと」
 再び切っ先を向けた飛影の剣を掴む。寸止めするつもりだったのか本気だったのかは分からないけれど、オレのとった行動は予想外だったらしく、力のこもった刃はオレの手のひらを僅かに切った。飛影の目が僅かに見開かれ、剣がオレから遠のいていく。
「ほんと。血を見ることになってしまいましたね」
「自業自得だ」
 強い口調とは反対に、オレを見ない目。僅かに血の付着した剣をそのまま鞘に収めると、飛影は部屋の隅へと腰を下ろした。いつもならベッドに座るのにと思ったが、土足でそんなことをされては敵わないので、黙っておくことにした。
 いつの間にか筋を作って流れ出した血を、遡るようにして舐めとる。薬草は、まだ塗らない。
「それで、説明してもらえますか?」
「……傷はいいのか?」
「自分でつけておいて。後悔してるんですか?」
 ふざけるな。オレを睨みつけた目にそんな言葉を予想していたけれど、飛影の口からは何の言葉も出てこなかった。この調子では恐らく、オレに対して腹を立ててる理由も言わないだろう。溜息をつき、薬草を取り出す。
 慣れた手つきで歯で磨り潰した薬草を傷口に塗り、包帯を巻く。その間、飛影は微動だにせず、ただずっとオレの手元を見ていた。
「終わったか?」
「ええ、まぁ」
 オレの返事に、飛影の口から息が漏れる。心配するほどの傷でもないのに。そう思いながら見つめていると、視線を上げた飛影と目が合った。途端、思い切り睨まれる。
「何なんですか、あなたは」
「それはこっちのセリフだ」
「こっちのセリフなんて言われても」
「……夢幻花と真逆の効果を持つ花でもあるのだろう?」
「逆の、効果?」
 夢幻花は記憶を消去する作用のある花だ。花粉を使えばその時点から吸い込んだ量に応じた記憶を、実に妖気を送り込んで使えば特定の記憶を消すことが出来る。もっとも、特定の記憶を消すには、誰の妖気でも良いというわけではないが。
 それと、逆の効果を持つというと。忘れさせない、とかだろうか。オレのことを、忘れられない……?
「飛影、それって」
「効果を取り消せ。今すぐにだ」
 切っ先を向けることはしないが、かわりに強い目がオレを刺した。本気で言っているところ悪いけれど、オレには笑みしか浮かんでこない。
「何が可笑しい」
「そんな花、ありませんよ。あなたの被害妄想です」
 近づき、手を伸ばす。包帯に目を奪われていた飛影は、その頬に触れるまで、オレの手の行方には思考が向かなかったようだ。オレを見つめる飛影に、微笑みかける。
「何のつもりだ?」
「あなたが、オレのことを忘れられないのは。オレのせいではありませんが。それを解決する方法なら、あります」
 見つめ合ったまま、唇を重ねる。触れた瞬間、僅かに体をビクつかせたけれど、あからさまに拒むことはしなかった。それどころか、口付けが深くなるにつれ、オレの服を掴む否定の手に力がこめられる。
「……何を」
「別に。単なる愛情表現ですよ」
 頬を上気させる飛影に優しく答えると、無造作に伸ばされた彼の足からゆっくりと靴を抜き取った。
(2010/12/15)
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