462.愛の巣(蔵飛)
「ほう、ここがお前とあの黄泉とか言う奴との愛の巣か」
「愛の巣ってね。随分と、古い言葉を知ってますね」
 嫌味を言ったつもりなのだが、蔵馬はベッドに腰を下ろすと目を細めて笑った。誘うように、俺に手を伸ばす。その後ろにはハメ殺しの大きな窓があり、赤黒い空が雷鳴を轟かせていた。
 蔵馬の誘いを無視し、部屋を見回す。
 ムクロに聞いた話によると、黄泉はその昔、蔵馬の手に寄って視力を奪われたという。それなのにこの部屋の天井の四隅には監視カメラと思われるものが設置されている。これはどういうことなのだろうか。誰かに蔵馬を監視させているということか?
「カメラのことなら気にしないで。この部屋に元からつけられていたものでね。オレの部屋の監視に関してはしないように約束がされてる」
「そんな約束、黄泉とやらが守ると思っているのか?」
「守らせてるはずだ。まぁ、黄泉は時々見てると思うけど」
 反動をつけベッドから降りると、蔵馬は俺を背後から抱きしめた。まるで、カメラに見せ付けるように、ねっとりと俺の首筋を舐める。
「よせ。反逆だと思われる」
「オレは黄泉の下についたつもりはない。あなたがムクロの部下でないのと同じだよ」
 飛影。耳元で蔵馬が囁く。それだけで、俺の口からは熱い吐息が零れた。
 人間界の時間にしてほんの数週間だ。蔵馬が、両親の結婚式とやらで魔界に来るのが遅れた。その時間だけ。それだけしか離れていない。魔界では、一瞬にもカウントされないだろう時間だ。それなのに。
「会いたかった」
 俺の心中を読み取ったわけではないだろうが。蔵馬は俺の言いたかった言葉を口にした。体が軋むほどに強く抱きしめられ、指一つ動かせない。いや、それは別の理由からなのかもしれないが。
 何か言わなければと柄にもなく思う。だが、柄にもないだけに、何を言えばいいのか分からなかった。
「飛影。いいでしょう?」
 俺の沈黙には慣れている蔵馬が、構わずに手を滑らせる。身を捩ると容易く腕は解かれたが、代わりにベッドへと抱きかかえられた。
「……見られているかもしれないのにか?」
「かもしれない、じゃないな。飛影がここに進入してきたことに気付いてるはずだから」
「なん、だと?」
 圧し掛かってくる蔵馬の胸を押しやっていたが、蔵馬の言葉に俺の動きが止まった。その隙を突いて、唇を重ねられる。
「おい。だったら余計に……」
「見られながらするのは嫌い?」
「そういう問題じゃないだろう」
「大丈夫。邪魔はさせないから」
「だからっ……」
 抗議の言葉を塞がれる。だがその行動に、ほっとしている自分がいた。そうだ。俺が言いたかった言葉はそんなものではない。
「飛影は」
「訊くな。それなら俺はここにいない」
 蔵馬の言葉を遮るよう返す俺に、そうだね、と呟くと蔵馬は安堵したように笑った。ずっと欲しかった温もりが、身体を這う。
 同じ柄でもないことをするのなら、何も『言葉』じゃなくてもいいだろう。心の奥底にある何かを揺さぶるような蔵馬の指に、そんなことを思う。
「蔵馬……」
 だから俺は、その名を呼ぶと、蔵馬の髪に指を差し込んでは自らその温もりを求めに行った。
(2010/05/31)
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