468.王様ゲーム(はるみち)
 まず、僕のネクタイで両腕を縛られた。それから、彼女のスカーフで目を覆われた。
 丁寧にボタンを外され、彼女の指が、僕の肌に触れる。最初は戸惑うように動いていたけれど、今では好き勝手這い回っている。指先だけじゃなく、小さな舌も。
 彼女が、求めているところは分からない。けれど、王様――この場合は女王様か――の命令は絶対だ。
「はるか。どう?」
 耳元に吐息を感じるほどの距離で、彼女が囁く。その声は、僕が触れていないのに些か興奮しているようにも思えた。勿論、触れられている僕は、その比じゃない。
「どうって?」
「……楽しんでいるかしら」
「さぁ。どうかな」
 僕の答えに、彼女が沈黙する。みちる。呼びかけようとして、僕は息を詰めた。首筋を遡る感触に、熱い吐息が漏れる。
「こんなに感じているのに、つまらないの?」
 僕の反応がそれほどまでに面白かったのだろうか。彼女は耳元でクスクスと微笑うと、そのまま耳朶を口に含んだ。そんなことをするのはいつも僕だから、慣れていない刺激に、思わず声が漏れる。
「ねぇ、はるか」
「感じるのと。楽しいかどうかは、別、だろ?」
 深呼吸を一つして、熱を散らす。どうして、と動きを止めた触れる指が言う。案外、見えなくても感情は分かるもんだな。そんなことを思い、僕は微笑った。
「はるか?」
「君が、こういうことをしてくれるのは珍しいから。まぁ、嬉しくはあるけど。生憎、僕は、それ以上の楽しみを知ってしまっているからね」
「それ以上?」
「そう。この手で、君に触れる楽しみさ。……そういう君は、ちゃんと楽しんでる?」
「えっ?」
「こんなんじゃ、僕はどうしたって君を抱きしめてなんかやれないぜ?」
「それは……」
 呟いた彼女の手が、僕から離れる。僕は笑みを消すと、彼女を真っ直ぐに見つめた。勿論、僕の視界は塞がったままだったけれど。
「これは、みちるのしたいこと? それとも。……されたいこと?」
「…………」
「今日一日は、君の命令は絶対だ。その内容がどんなものであれ、僕はそれに従うだけだ」
 なぁ、みちる。甘く、囁く。すると、ふわりと微かな風が僕の頬を掠めた。視界が、戻ってくる。
「……随分と、面白い表情(カオ)をしてたんだな」
 何分かぶりに再会した彼女は、耳まで顔を赤く染め、けれど拗ねたように唇を尖らせていた。
 微笑む僕に、もう、と呟き、手を縛り付けていたネクタイを解く。自由を確かめるように手首を回していると、彼女の手がそれを止めた。
「跡、少し残ってしまったわね」
「抵抗したつもりは、ないんだけどな」
 赤く出来た擦り傷。こんなもの、すぐに消えてしまうだろうけれど、彼女は辛そうに指先でなぞると、そっと唇を落とした。
「ごめんなさい」
「別に。どうせ君の手首もこうなるんだ。それであいこだろ?」
 彼女の手を片手にまとめ、その体を押し倒す。僕のシャツは肌蹴てしまっているけれど、彼女はスカーフがないだけでこれといって乱れていない。それを僕と同じ、いいや、それ以上の状態にするために、空いている手を伸ばすと、待って、と止められた。
「何?」
「私、まだ何も命令していないわ」
「……そう、だったな」
 真っ直ぐに見つめて言われ、僕は渋々手を離した。僕を押し退けるようにして、彼女が体を起こす。そして。
「はるか」
 振り返った彼女は、僕の手を取るとそこにネクタイをのせた。それから、スカーフも。
「命令を、言うわ。まず、ネクタイで私を縛って。目隠しも」
 彼女の言葉に頷いて、僕はまず、彼女の目を隠した。それから彼女の体を横たえ、両腕を頭の上で束ねると、ベッドと繋ぐようにして縛り付けた。
 随分と、刺激的な恰好だな。自分が同じ姿をしていたことに、目隠しをしていて正解だと思った。ただ、彼女には目隠しをといていて欲しいとも思ったけれど。
「はるか……。ちゃんと、いる?」
 不安げな声。視界を奪われた上に、僕の温もりも感じていないから当然なのだろう。
「ちゃんといるさ」
 触れることなく、耳元で囁く。僕の気配を感じ取れなかったのか、彼女は普段以上に体をビクつかせた。安心させるように髪を撫でるけど、その瞬間ですら、彼女は過剰な反応を示した。
「まだ、触れていいなんて言っていなくてよ?」
 微笑う僕に、彼女が口を尖らせる。
「はいはい」
 頷いた僕は、大人しく彼女から手を引いた。かわりに耳元に唇を寄せると、僕は先を促すように出来る限り甘く、囁いた。
「それでは、次のご命令を。女王様」
「それじゃあ――」
(2010/07/06)
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