480.顎をとらえる(蔵飛)
「どうした?」
 喋りにくそうな声で彼が言う。オレは何も言わず、ただ笑った。
 捉えた顎はそのままで、唇には触れない。
「……俺が欲しいんじゃないのか?」
「欲しいのは、あなたのほうでしょう?」
 錠を煽るように、親指で唇を撫でる。彼が薄く口を開くから、指を滑りこませると強く噛まれた。それでも、手を離さない。
 そのままの距離で見つめ合う。
 彼はどうやら気付いていないらしい。その目が、今にも雫を落としそうな程に潤んでいることに。
 行為中でもこんな目はしないのに、顎を捉えた時だけ。怯えたような目をする。
 彼が怖れてるのはキスじゃない。怖れてるのは……。
「大丈夫。あなたを食べたりなんかしませんから」
 噛まれたままの親指を動かし、口から抜き取る。安心させるよう微笑んで見せると、ようやくオレはその唇に触れた。互いに、見つめ合ったままで。
「……ふん。散々人のことを好き勝手食っといて、よく言うぜ」
「それも、そうですね」
 まだ緊張している、彼の体。頷いて、ゆっくりと押し倒す。
 服を脱がせ、その肌に直接触れると、彼の体の強張りはゆっくりと融けていった。それから、理性も。
 好きだよ、飛影。他の誰にもあなたを食べさせてなんかやらない。
 月明かりの下、あどけない寝顔を見せる彼の顎を捉え、そっと口付けをすると、オレは薄く笑った。
(2010/06/21)
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送