482.冷え性(星はる)
 抱きしめることは許されない。分かっていながらも、その体に手を伸ばす。
 冷たい感触。汗が冷えたせいじゃない。気持ちが冷えているせいでも、きっとないだろう。
「触るな」
 気だるい声。いつもならそれと共に行儀の悪い腕がオレの胸を押しやるはずなのに、今日は僅かに身じろいだだけだった。
 冷たいな。浮かんだ感想に、苦笑する。
「代謝、悪いんだな」
「汗臭いのは嫌いなんだ」
「自分でどうにか出来るもんじゃねぇだろ」
 聞いた話、少し前まではスプリンターだったらしい。そんな奴が冷え性とか、どう考えても可笑しいだろう。
「離せ」
「お前の体、冷たくて気持ちいいんだ。別に減るもんじゃねぇし、いいだろ?」
「不快指数が増える。暑い。離せ」
 言葉の割に、抵抗がない。それをいいことに、オレは足を絡ませた。ほんの数分前の熱が嘘のような体温に、少しだけ淋しくなる。
 バカだろ、お前。
 ああ、そうさ。
 奴の声で再生される呟きに、素直に頷く。頭の中では容易いことなのだけれど、実際には上手く行った例がない。
 ただこれが上手く行ったからといって、何かが好転するわけでもないし、寧ろ悪化する気もしているのだけれど。
「いい加減に離せ」
 黙ったままでいるオレに、奴が身じろぐ。だがそれは、最初に触れた時と変わらない、ほんの僅かなもので。
 だからオレは相変わらず黙ったまま、抱きしめた腕を緩めることすらしてやらなかった。
(2010/05/27)
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