488.余熱(蔵飛)
「終わったよ」
 柔らかな声とともに、俺の体から温もりが消えた。開けた視界には、いつもと同じ笑顔がある。
「幾らオレの薬と、あなたの驚異的な回復力があるといっても、今すぐに動くのは無理だから。最低でも一晩は泊まって行くこと」
 いいね、とあくまで口調は柔らかなのだが、起き上がろうとする俺の肩を掴む手は力強かった。強引に俺をベッドに横たえ、毛布を掛ける。
「……お前は」
「いつも通り。オレはこっちで寝ますから」
 ベッドの下に薄っぺらい布団を敷き、そこに横になる。その蔵馬の様子を観ていようとしたが、丁度横を向いた時に下になる側の肩に怪我をしていたため、それが出来なかった。
 自分の不甲斐なさに、舌打ちが出る。
「すぐに直したいのなら、ムクロの所で治療してもらえばいいんですよ。そんな身体で、わざわざオレのところまでこなくても」
 上体を起こした蔵馬が、横目で見つめている俺と目を合わせ、微笑う。人の気も知らないで。腹が立ったから強く睨みつけてみたが、蔵馬には全く効いていないようだった。
 蔵馬の手が伸び、毛布の中へと入ってくる。蠢く蔵馬の指先が俺の手に触れると、そのまま何の行き違いもなく指先が絡められた。
「少し、傷が熱を持ったのかな。いつもより、あなたの身体、熱いみたいですね」
 それはお前の治療のせいだ。そういいたかったが、俺は何も返さなかった。その代わりというわけではないが、蔵馬から目をそらせる。
 大抵俺が現れると、蔵馬は予め薬草を磨り潰して作っておいた塗り薬を俺の体に丁寧に塗っていく。しかし今日は、前回俺が怪我をしてから然程日にちが経っていず、またこの身に受けた傷の量も半端でなかったため、蔵馬は自分の歯で磨り潰した薬草を直接、その舌で俺の体に塗りつけていった。
 その感触で呼び起こされてしまった熱が、未だ引いてくれない。蔵馬のいう俺の熱はただの余熱だ。そのことに、こいつが気付いていないはずはないのだが。
「蔵馬」
「駄目ですよ。無茶はしたくない。辛いのは、あなただけじゃないんだ」
 ゆっくりと、名残を惜しむように蔵馬の指が離れていく。追いかけて捕まえることも出来たのだが、俺はそれをしなかった。脱力したように、呆然といつの間にか見慣れてしまった天井を眺める。
「この先を望むのなら。もっと、元気な時に遊びに来てくれませんか? それならオレだって、遠慮なくあなたを抱けるのに」
 いつの間に体を起こしたのか。蔵馬は気配もなくオレの視界に入り込んでくると、そのまま唇を重ねた。触れるだけで離れると思ったのだが、それは意外にも深く、しかし別の目的があったようだった。蔵馬の舌から、オレの舌へ。何やら不味いものが受け渡される。
「痛み止めと、睡眠導入剤。早く治したいのなら、眠ること。あなたの脅威の回復力は、眠っている間に発揮されるみたいだから」
 優しい声。蔵馬は掻き揚げた俺の額に唇を落とすと、優しく笑った。その表情に少しだけ腹が立ち、俺は蔵馬の髪を掴むと、強引に引き寄せた。この余熱を受け渡すような、深い口付けを交わす。
「飛影。本当にあなたは……」
「どうやら薬が効いてきたようだ。俺は寝る」
「全く。勝手なんだから」
 顔だけでそっぽを向き、強く目を閉じた俺に、蔵馬は溜息混じりに言うとどうやら大人しく自分の布団へと潜りこんだようだった。
 バカめ。
 静まり返った部屋で、そんなことを思う。無論、その相手はあっさりと寝息を立ててしまった蔵馬に対してであり、また、いつまでも余熱が冷めそうにない俺自身に対してでもあった。
(2010/06/03)
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