543.取り越し苦労(不二塚)
「……そうか。悪いな」
 通話を切り、携帯電話を閉じる。ベッドに腰を下ろすと、ろくに動いてもいないはずなのに、どっと疲れが押し寄せてきた。
 取り越し苦労だったな。
 関東大会、優勝。オレがいなくても、あのメンバーなら成し遂げられるだろうことは分かっていた。だから、気にしていたのはそこじゃない。
「不二」
 九州に来てから、一度も連絡を取っていない。オレが拒否をした。治療に集中したかったし、不二にはテニスに集中して欲しかった。そんなオレの提案に、不二は黙って頷いた。
 翌日から、不二は既にオレと距離を取っていた。部活では矢鱈と張り切って。それが、オレには無理をしているように思えた。だから、心配だった。だけど。
 不二は一時的に視力を失いながらも、立海の二年生エースに勝利した。
 あの張り切りはから元気などではなく、オレを頭から追い出したことでテニスに集中できたからだったのだろう。だとしたら。
「……これも、考えておかなければな」
 封をしたままの、ドイツ留学の案内。今はただ、治療に専念し、それが終われば全国優勝に専念する。留学のことなど、考えてはいられない。そう思っていた。だが、もしオレが離れることで、不二がテニスに対して本気になれるのだとしたら。
「何を考えているんだ、オレは」
 治療に専念するために、連絡を取らない。そう言い出したのはオレだ。なのに、こっちに来てからずっと、不二のことばかり気にしている。不二は、容易くオレを忘れられたというのに。
「くそっ」
 鳴るはずも無い携帯電話に視線が向いてしまう自分に腹が立つ。こんなものが、あるから。
 握りしめた携帯電話をゴミ箱へと投げ捨てようと、イップスを克服した腕を振り上げる。瞬間、手の中でただ一つのメロディが鳴り響いて――。
(2010/11/19)
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