545.隠れ家(蔵飛)
 これで隠れているつもりなのか。生い茂る草木をかきわけ、その森を突き進む。鼻が効くほうではない俺にも分かる、むせ返るほどの薔薇の香り。
「久しぶりだな」
 茨で覆われた洞窟の入り口。その奥から予想していたものとは違う声が響いてきた。
 立ち止まる俺を促すように、茨が取り除かれる。仕方なく足を進めると足元のアカル草に照らし出された金色の目と目が合った。
「隠れ家にしては随分と汚いな」
「オレが人間界に行ってからずっと使っていなかったし、それにこんなに長居をするつもりではなかったからな」
 蔵馬の体の下にあった蔦の形が変わり、上半身が持ち上がる。リクライニング式なんだ。苦笑しながら呟いた声は、俺のよく知っているそれだった。金色の目を残し、蔵馬の姿が元に戻る。いや、今は『変わる』というべきなのだろう。
「参ったよ。切欠も特に無いし、一日のうちに何度も姿が変わるから、人間界にも魔界にもいられない」
 いっそ霊界に行けばいいのかな。笑う蔵馬の言葉が冗談には聞こえず、俺は思わず息を吸い込んだ。だが、言うべき言葉を持っていないことに気付き、吸い込んだ息は大きな溜息となって俺の口から出ていった。
「そうしたいならそうしろ。俺は知らん」
「あれ。心配して来てくれたんじゃないんだ」
「……偶然通りかかっただけだ」
「相変わらず」
 相変わらず、何だと言うのか。蔵馬はそれ以上を口にせず微笑った。自分の隣にある空白を叩き、座った俺の頬に触れる。
 いつまでここにいるつもりなんだ。聞こうとして、それが愚問であることに気付いた。蔵馬がここから出るときがくるとすれば、この症状が治ったときが、蔵馬が暗に示している通り……。
「飛影?」
 頬に触れている蔵馬の手に、自分のそれを重ねる。意外そうな顔をする蔵馬に何も言わずキスをした。出来る限り、情を煽るように。
「誘ってるの?」
「……そう思うのなら、そうなんだろう」
「他人事みたいに言うね」
 自分の体なのに。続けながら、蔵馬は指先を動かして背もたれ部分の蔦の塊を変形させた。倒れた俺の頬に、銀色の髪が触れる。
 妖狐の姿になる度に、南野の生命力は削られる。だが、今回のことは妖狐としての生命力も奪っているようだ。
 俺の服を脱がす腕は、白いというよりも最早青く。抱きしめる強さは、南野でいる時のそれと大差がない。もっとも、今の南野と比べればそれはそれで違いがあるのだろうが。
 与えられる刺激の向こうに、どうしても見えてしまう現実。目を閉じてみても、それを誤魔化すことは出来なくて。
「蔵馬っ」
 痩せた蔵馬の体を押し倒すと、刺激を求めて俺は自分から動き始めた。
(2010/11/12)
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