549.今だ!(はるみち)
「まいったな」
 建物の影から少しだけ顔を出して様子を窺うその首筋を眺める。あれだけ走ったのに汗をかいていなければ呼吸一つ乱れていない。ただ、本当に困った様子で深い溜息をついているだけ。
 私は呼吸を整えながらゆっくりと視線を下ろしていく。女性としてはがっしりとした肩。そこから伸びる長い腕。指先には、私の指。
 未だ繋いだままだということに今更恥ずかしくなり、手の力を緩めてみる。しかし私の手は滑り落ちることはなかった。強さを増したはるかの指を、少し驚きながら見つめる。
「みちる。悪いけど、フリークの子達が諦めるまでここにいてもいいかな」
 こんなことならまだ競技場にいればよかったな。苦笑するはるのかの口から、溜息混じりの言葉が零れる。
「大丈夫よ。鬼ごっこみたいで楽しいわ」
「大物だな、君は」
 微笑む私に少しだけ和らいだ目をする。
 だって本当に楽しいんだもの。貴女がいればいつだって。
 今だ、と小声で叫んではるかは私の手を取った。競技場の裏口から気配を殺して岐路につく。フリークの子達に気付かれる。走るぞ。囁く声と共に軽く触れていただけの手は、指先をしっかりと絡められた。
「まだ走れるか。無理ならもう2、30分ここにいる羽目になりそうだけど」
「モテるというのも楽じゃないのね」
「みちる」
 私はどちらでもいいわ。語気を強めたはるかに笑いながら答える。強いてあげるならばこの手を長く繋いでいられる方がいいわ、と。その言葉は飲み込んで。
(2010/11/16)
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