552.押しかけ女房(はるみち)
 これじゃあまるで、押しかけ女房だな。
 部屋に増えていく彼女の持ち物を眺めながら、思う。それ自体は別に不満があるわけじゃないけど。
「はるか」
「え?」
「シャワー、空いたわ」
「ああ、うん」
 濡れた髪を拭きながら、僕の隣に座る。ほのかに香るシャンプーの匂いは、僕と出会った頃のものとは違う。
「……はるか?」
「今日も、泊まっていくんだね」
「迷惑、だったかしら」
「まさか」
 嬉しいに決まってる。
 濡れた髪の間に指を差し込み、引き寄せる。触れる唇は、普段よりほんの少しだけ温度が高い。
「でも。やっぱりこういうのは、終わりにしないとな」
「えっ?」
「そういう意味じゃなくてさ」
 僕の呟きに曇る彼女の表情に、思わず苦笑する。
「なんていうかな。こういう、ずるずると関係を続けるんじゃなくてさ。どうせなら、何処か別の場所で一緒に暮らさないかってことだよ。このままじゃなんか、みちるが押しかけ女房みたいだろ?」
「押しかけ……」
「部屋に君のものが増えていくことも、シャンプーの匂いが僕と同じものになることも。嬉しいといえば嬉しいんだけど。君が僕の所に来るんじゃなく、二人で何処かに行きたいんだ」
 このままだと、君だけが僕の中に入ってくるようで。それは何だか不公平だと思うし。
「だからさ。今度、物件でも探しにいかないか?」
「……なによ、それ。プロポーズのつもり?」
「そう受け取ってもらって、構わないよ」
 もう一度彼女の唇に触れ、微笑う。そのことに、もう、と彼女は呟いたけれど。その頬の赤みははシャワーを浴びてきたせいだけではなくて。
 僕は声を出して笑いそうになるのを堪えながら、まだ熱気の残ってるだろうバスルームへと向かった。
(2010/06/21)
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送