553.過剰防衛(蔵コエ)※妖狐蔵馬時代
「何も、殺さなくても……」
 僕を膝に乗せた蔵馬の、指先ひとつで崩れていった無数の肉片を見つめながら、僕は言った。妖怪が殺しあう場面は魔界からの監視映像で何度か見ていたが、目の前でそれを見たのは初めてだった。しかも、複数を一瞬で。
「震えているな。怖かったか?」
「誰がっ」
 反射的に言い返してはみたものの、蔵馬の白装束を掴んでいる手が震えていることは確かだし、なんだか口の中も渇いてきてる。目を離したいのに、まだ僅かに動いている肉片から目をそらせない。
「……コエンマ」
 耳元で聞こえた蔵馬の声。大きな手で顎を掴まれたかと思うと、顔の角度を強引に変えさせられ、キスをされた。拒みたいのに、手が白装束を放そうとせず、僕はそれ掴んだまま弱々しく蔵馬の胸を叩いた。
 口元から唾液が零れ、ようやく唇が離れる。
「落ち着いたか?」
 呼吸を整えるのに必死になってる僕に、蔵馬が笑いながら問う。まだ話せる状態じゃなかったから、僕はただ首を縦に振った。
「良い子だ」
 囁いく蔵馬が僕の頭を優しく撫でる。
 いつもなら、子ども扱いをするなと怒鳴るところだけど、今はその気力が出なかった。
「お前の霊気を嗅ぎつかれてるのかもしれんな。近々、場所を変える」
「僕は?」
「その時は教えてやる。だからそんな顔をするな」
 一体どんな顔をしてるというのだろう。蔵馬は珍しく苦笑いを浮かべると、また僕の頭を撫でた。何も言えず視線を落とす。と、蔵馬の白い靴の先に、赤い染みを見つけた。
「血」
 呟いて、あの光景が甦る。それから、花の香りに隠れた、血の匂いに気付いた。恐怖と、吐き気が押し寄せてくる。
「……柔だな」
 膝からおり、少し離れたところで嗚咽を漏らしている僕に、蔵馬は言った。その声は、さっき倒した妖怪に向けていたものと同じくらいに冷たい。
「どうして、殺した?」
「仕掛けてきたあいつらが悪い。オレは自分の身を守っただけだ」
「過剰防衛だ」
「……逃がしたところで、あいつらは1人になったお前を襲っただろう。相手の力量すら分からない雑魚とはいえ、複数に襲われれば、今のお前では敵わない。そもそも、魔界はそういうところだ。生きるか死ぬか。納得がいかないのなら、もう来るべきじゃない」
 殺意は感じない。だけど冷たい声。言葉の内容から、僕を思ってのことだって分かるのに、足が竦む。蔵馬がどんな表情をしているのか、確認したかった。けど、もし振り返った光景が僕の予想通りのものだったら思うと、どうしてもそれが出来ない。
「コエンマ」
「……僕がいたら、迷惑か?」
「何?」
「今日、襲われたのは。僕のせいなんだろ」
「……オレが怖いか?」
 耳元で聞こえた声。いつの間に近づいたのかと驚いて振り返ると、蔵馬の目に捉まった。殺意も敵意すらも無い、だけど優しさも無い、目。怖い。そう思った。だけど。
「怖く、ない。お前なんか、怖くない。僕は、閻魔大王の息子だぞ」
 説得力の無い震えた声。伸ばした指先も震えていたけれど、何とか蔵馬に触れると、白装束を強く握った。蔵馬の胸に、額をあてる。大きく膨らんだ蔵馬の胸が溜息と共に戻ると、僕の背を強く抱かれた。
「毎回吐かなければ、オレは構わん」
 温度を取り戻した蔵馬の声。一瞬、何の事を言っているのか分からなかったが、それが僕の問いに対する答えだと分かると、僕は安心して蔵馬を見つめた。
(2010/11/18)
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