554.土地勘(蔵飛)
「こっちに確か洞窟があったはず」
 そういうと、蔵馬は行き先の木々に妖気を送り、雨を遮らせた。木で作られたトンネルを、蔵馬の後に続いて歩く。
「やっぱりあった。飛影。ほら、早く」
 そう急がずとも、蔵馬の力のお陰で雨に濡れることはないはずなのに。歩調を速めない俺に焦れた蔵馬は、手をとると半ば引きずるようにして洞窟の中に入った。
 ふぅ、と蔵馬が溜息を吐く。
 それを合図にしたように生い茂っていた木々は元に戻り、俺達が歩いて来た道は道ではなくなった。雨は激しく、俺の目を持ってしても、数十メートル先は白く塗りつぶされていた。
「……柔だな」
「木々がね。あの状態は、栄養過多みたいなものだから。気付いてたかは知らないけど、オレが使う薔薇は、毎回違うものなんだよ」
 言いながら、蔵馬はアカル草を自分の周囲に幾つか咲かせた。自分の隣を叩き、俺を手招く。
「何故、ここに洞窟があることを知っていた?」
 隣に座ると俺は言った。蔵馬の手が、探るように俺の手に触れてくる。
「昔、ここらへんに長居していたんだ」
「……黄泉か? それとも」
「1人だよ。あの頃は、独りだった」
 何が可笑しいのか、蔵馬はクスリと笑みを零すと、俺の手を強く握った。見つめる俺に、そっと唇を重ねる。
「もし、誰かとの思い出のある場所だったら。どうしてた?」
「何も」
「でも、気にはなった、と」
「五月蝿い」
 いつまでも笑い続ける蔵馬がうっとおしく、俺はその口を塞いだ。勢いをつけて、蔵馬を押し倒す。
 唇を離すと、蔵馬は僅かに顔を歪めていた。
「石、背中に当たってるみたいなんだけど」
「だったら尚更お前が下になれ」
「……いいですよ」
 一瞬、蔵馬の顔が驚いたそれになったのは、どういうわけだったのか。それを探るよりも先に、蔵馬の手が伸びてきて俺の体を探り始めた。
 口元には、また笑みが浮かんでいる。
「折角こういう場所にいるのに。これじゃあ、響く声も雨に消されるね」
「五月蝿い。これ以上無駄口を叩くと」
「集中するよ。あなたの声も、ちゃんと聴きとりたいしね」
 突然真面目な顔になってそういうと、蔵馬は核心を突くように手を動かした。
「っ」
 その動きに俺は舌打ちをすることすら出来ず。せめてもの抵抗として、蔵馬の望む声は出さないよう歯を強く噛み締めた。
(2010/07/02)
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