561.武士の情け(はるみち)
 夢を、見た。
 敵はもう戦意を喪失していた。多くの仲間を失い、応援を呼ぶ気すらなく、このまま撤退するからと。命乞いをしていた。
 しかし僕は、ウラヌスはそれを却下した。
 断る。ただ一言で、拳に光を集め、過剰すぎるほどの威力で敵を消していった。
 そんな奴の魂を、僕は受け継いでいる。目覚めても消えていかない夢の残骸に、叫びそうになる。両腕を抱き、体を折ってそれを堪えていると、小さなノックとともにドアが開いた。
「おはよう、おねぼうさん」
 コーヒーの匂いを漂わせたその人は、ベッドの片隅に座ると、サイドテーブルにトレイを置いた。僕の顔を覗きこみ、笑顔が硬直する。
「はるか」
「昔の、夢を見ていただけさ。大丈夫」
 無理矢理に笑って体を起こそうとした僕を、彼女の手がやんわりと制す。何かと思って見つめると、真剣な目が迫ってきた。温もりが、唇ではなく額に届く。
「みちる?」
「黙って……」
 目の前で響いた厳しい声に、その背に腕を回して強く抱きしめたい衝動を仕方なく堪えた。数秒して、彼女が離れる。
「あれは、優しさだったのよ」
「え? みちる。僕の夢を……」
「いつだったか、あの人が言っていたわ。自分達が戦いの中でしか生きられないのと同じように、彼らも戦いの中でしか生きられない。逃がしたところで、彼らは生きる目的を失ってしまう。それならいっそ、名誉の死を与えてやるべきだ。と」
「……生きていれば、きっと」
「あの人は使命が総てだったのよ。私たちとは違うわ。それでも、そんな中でもあの人は優しかった。決して万人に受け入れられる優しさではなかったけれど」
 少しだけ辛そうに、彼女が微笑む。どうしてそんな表情をするのか。奥歯を強く噛み合わせている自分に気付き、苦笑する。だが、これは紛れもない事実だ。彼女が前世のことを語る度に、僕は……。
「僕の前で、そんな風に他の誰かのことを語るなよ」
「誰かなんて……。貴女のことよ」
「僕じゃない。僕はそんな風にはなれない」
「なる必要はないわ。貴女は貴女の優しさが」
「けど、それじゃあ君の愛したウラヌスにはなれない」
 触れてこようと伸ばす彼女の手を避けるようにベッドから降りる。未だ湯気を上げているコーヒーカップを手に取ると、窓に向かった。明るすぎる太陽の光で、窓に彼女の姿は映らない。
「……はるか。どうしたの」
「妬いてるんだ。それだけだよ。別に相手がウラヌスじゃなかったとしても同じことさ」
「嘘ばかりつくのね」
「ウラヌスは自分に正直だったのに?」
「はるか」
「……すまない。夢見が悪くてどうも不機嫌なんだ。シャワーでも浴びて頭冷やしてくるよ。コーヒーありがと」
 まくし立てるように言い、コーヒーを呷る。カップを置いた手を掴まれたけれど、僕は彼女を見ることなくその手を振り払った。
「すまない」
 搾り出すように言い、部屋を後にする。残された彼女はきっと、前世の僕を思い出しては現実の僕に溜息を吐くだろう。そう考えると、強く彼女を抱きしめて今日の総てを取り消したい気持ちになったが。それでも僕はドアノブに手をかけることはしなかった。
(2010/12/11)
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