567.紙一重(不二塚)
「悔しいか?」
 控え室でぼんやりしていると、静かな声が降って来た。見上げた僕の額に、冷たいペットボトルが押し当てられる。
「何が?」
「紙一重だったと、思っていたんだろう?」
「……さぁ。どうだろう」
 白石の腕には金が縛り付けてあった。それは立海の人たちがつけていたパワーリストとは比べ物にならないほどの重さで。僕と準決勝で試合をした時、彼はそれを腕につけていた。
「分厚い紙も、世の中にはあるからね」
 充分にスペースは空いていたのだけれど、彼を誘導するために、僕は自分の体を少しだけずらした。彼も、ベンチの幅なんて気にしてない素振りで、僕のすぐ隣に座る。
 控え室は空調が効いていて、寧ろ少し寒いくらいだ。肩が冷えてしまうのを防ぐためにジャージを着ていないといけないのが少し淋しいけれど、それでもこうして彼と肩を触れ合わせていられるのは嬉しい。暑いと、それを言い訳にすぐに離れられてしまうから。
「しかし、今回はダブルスだったから、白石も対応することが出来たはずだ。お前とのシングルスでもし途中から金を外していたのなら、自分の腕の軽さに慣れる前に、お前に負けていただろう」
「……それは、僕を高く評価しすぎだよ、手塚」
「だが」
 どうして彼の方がムキになるのか。眉間のシワを深くして見つめてくる彼に、僕は思わず吹き出してしまった。
「不二」
「白石には悪いけど。僕は彼が僕以上に強かろうと弱かろうとどうでもいいんだ。確かに、少し悔しかったし、彼との試合で自分の技の欠点を教えられたけど」
 言葉を切り、真っ直ぐに見つめ返す。眉間のシワを伸ばした指先を滑らせて彼の顎を掴むと、そっと唇を重ねた。抵抗されるかとも思ったけれど、他に誰もいないせいか、彼は微動だにしなかった。
「僕は。君のライバルで在ることが出来れば。それでいいんだ」
 もう一度、唇を重ねて微笑む。彼も応じるように微笑んでくれたけれど、出てきた言葉は表情とは正反対のものだった。
「失礼だな」
「……手塚?」
「それだと、オレが白石よりも弱いみたいだろう?」
 今までの彼からは想像も出来ないような科白。多分これは、自分のために勝つという思考を手に入れた、彼の新たな一面なのだろう。
 だとしたら。少し、大和部長に感謝した方がいいのかもしれない。
 けど。
「君との差は、これからどんどん開いていくんだろうな。厚紙を十枚重ねても埋まらないくらいに」
「……ライバルが弱音を吐くな」
 溜息を吐く僕に、彼は口調とは反対の優しい表情で言うと、何かを誓うように僕の手を強く握りしめた。
(2010/09/11)
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