568.目の色を変える(蔵飛)
「貴様でも、目の色を変えることがあるんだな」
 隣に座るなりオレのコーヒーを手にし、飛影が言った。甘党の彼にブラックはきつかったのだろう。いや、もしかしたら熱かっただけなのかもしれない。彼は奪ったコーヒーを舐めただけでテーブルに戻した。
「いつの話ですか?」
「一瞬だったから、呂屠(アイツ)は気付かなかったようだが。母親のことを口にした瞬間のお前の目には、流石の俺も凍りついたぜ」
「……何のことだか」
「誤魔化せると思うなよ」
 あなたこそ随分と表情が変わるんですね、と思わずいいたくなるほどに、彼は強い目でオレを睨みつけてきた。曖昧に微笑って交わそうとしてみたけれど、どうも今回は許してくれないらしい。
「妬いたんですか?」
「ふざけるな」
 ユキナ、という名前をここで出したら。彼は一体どんな反応をするのだろう。今以上に強くオレを見つめたりするんだろうか。なんて、意地の悪い考えが頭の中を巡る。だがここでその名を口にするのは得策ではないだろう。折角彼が自分で理解できていない苛立ちを、オレに向けてくれているのだから。
「……知ってると思ってました。とっくに」
「なに?」
「オレが、母さんのことになると目の色を変えるってこと。暗黒鏡を欲しがっていた理由を、知らなかったわけじゃないでしょう?」
 ソファの背もたれから体を離し、彼の目を覗き込む。ゆっくりと手を伸ばすと、拒絶されるだろうと思っていた頬に触れることが出来た。幽助たちが部屋に戻ってきたら厄介だな。そう思いながらも、気付けば唇を重ねていた。
「フン。忘れたな」
「じゃあ、覚えていてください。もう二度と、珍しがることのないように」
 慣れてもらわないと困る。飛影も母さんも、オレにとっては切り捨てることの出来ない存在なのだから。
 そう、だからきっと。オレは彼に危害が及びそうな時にも、目の色を変えるだろう。当事者である彼は、そのことに一生気付くことはないだろうけど。
「珍しがろうが無関心になろうが、俺の勝手だ。お前の知ったことじゃない」
「……その不機嫌の被害を受けるのは、オレなんですよ?」
「知らないな」
 口元をつりあげ、意地悪く彼が笑う。言葉は素っ気無いけれど、もうその目には怒気はない。本当に、顔に出やすい人だ。
「ねぇ、飛影。もう一回だけ」
 再び頬に手を添え、顔を近づける。触れる瞬間まで、彼は何の反応も示さなかった。それでも抵抗をすることは決してなく、唇を重ねてから彼はようやくオレに応えた。
(2010/11/09)
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