585.それはそうと(蔵飛)
 どうしてこんなことをしているんだ?
 整った蔵馬の顎を伝う汗が、俺の胸へと滴る。いつもなら自由な俺の両手は蔵馬の背に爪を立てているが、今日は長い指に絡め取られベッドへと押し付けられている。
 いやに粘着質な性交だ。
 傷口に汗が沁み、悦楽とは別の色を帯びた声が漏れる。いつもならそこで蔵馬の激しさは和らぐのだが、どうやら今日は許してくれないらしい。寧ろ苦痛に歪む俺の表情に笑みすら浮かべている。
 もしかしたら。今日は蔵馬が最も妖狐に近づく日なのかもしれない。
 ここ暫く、蔵馬の元を訪れていなかった。避けていたわけではない。用が無かっただけだ。用がなければ会う必要もない。だから……。
 ムクロとやり合った。いつものように俺は負け、いつものようにムクロの申し出を断って蔵馬の治療を受けに来た。
 久しぶりとも言わずまるで昨日もそうしたかのように俺を招き入れ治療を始めた蔵馬に、どういうわけか俺の口は滑り、今日のムクロとの出来事を話してしまった。いつもは蔵馬がそれを詮索し、俺は曖昧にしか答えないのだが。その間、蔵馬は相槌も打たずに俺の話を聴いていた。いや、もしかしたら聴いていたフリをしていただけだったのかもしれない。
 それはそうと。治療が終わると、蔵馬はそう呟いて顔を上げた。
 そして、俺と目が合った次の瞬間には唇が重なっていた。
「オレに何か言うことは?」
 何度目かの絶頂を迎えた後、ようやく俺を解放すると蔵馬は言った。それはそうと。どうやらその言葉の続きらしい。
「今ので忘れたな」
「記憶力、ないんですね」
 間髪いれずに返され、見つめる目に力を入れたが、蔵馬はそれを微笑で交わした。別に構いませんけどね。呟いて柔らかく俺を抱きしめる。
 体をなぞる指先がわき腹の傷に触れ僅かに身を震わせると、今度こそ蔵馬は、ごめん、と漏らした。
「貴様こそ、俺に言うことがあるんじゃないのか?」
 蔵馬の背に腕を回し、爪を立てながら訊く。額を蔵馬の胸に触れさせると、もう伝えた、と吐息交じりの声が聞こえてきた。
「何?」
「言ってないないけど。もう、あなたに伝えてありますよ」
 見つめようとする俺の頭を自分の胸に強く抱き寄せながら。だから、あなたも言いたいことを早く思い出して伝えてください。振動で伝えるように言うと、俺の髪を梳くようにしてそっと撫でた。
(2011/02/05)
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