588.ガラス細工(はるみち)
「はるかの心ってとても綺麗ね」
 いったい何が視えているというのか。寝ころんだまま手を伸ばすと、僕の胸を慈しむように撫でた。次第にそれは情を煽るものに変化していったけれど、僕は変わらず彼女の髪を梳く。
「綺麗じゃないさ」
「綺麗よ。形にしてみればきっと、繊細なガラス細工になるわ」
 僕の手を振りきり、僅かに身を起こして触れていたそこに噛みついてくる。思いがけない刺激に呻くと、顔を上げた彼女が妖艶な笑みを浮かべた。
「時々、傷をつけてみたいと思ってしまうわ。粉々に砕いてしまいたいとさえ。……残酷ね」
 何処か他人事のように言いながら、愉しげに目を細め、僕の体に跨る。先刻の余韻で湿った肌が冷たく、けれどそれはすぐに熱を帯びていった。
 僕の胸を、いや、心臓をえぐり出そうとするかのように、彼女が爪を立てる。
「残念だけど。僕の心はそこにはないんだ」
「じゃあ何処にあるの? その頭の中?」
「ハズレ。正解は」
 言葉を切り、伸ばした手で彼女の胸に触れる。
 意味が分からずただ見つめ返す彼女に微笑うと、触れていた腕を滑らせ抱き寄せた。互いの胸を押しつぶし鼓動が重なり合うほどに、強く。
「僕の心は、君の中に」
 だから彼女が視てるのは、僕の心じゃない。そう続けようとしたけれど、言葉は彼女の唇に塞がれてしまった。
「おかしなことを言う人ね」
 見つめ合った彼女は悪魔のような微笑みを浮かべ。
「じゃあ、私を壊せば。はるかの心も、壊せるのかしら」
 熱を含んだ声色で囁くと、自分を壊すために僕の手を導き始めた。
(2011/02/26)
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