597.色鉛筆の束(外部ファミリー)
 そっちがいい。
 色鉛筆が欲しいというほたるに、新品のそれを買い与えたところ、そう言われた。
 そっち、と小さな指が示した先にあったのは、私が使い古し、小さくなった色鉛筆の束。
 同じものよ。ちびた色鉛筆を掌に乗せ、メーカーの名前を照合してみせる。それでも、ほたるは首を何度も横に振っては、同じじゃない、と呟いた。
 羨ましそうに私の手にある色鉛筆を見つめるほたるに、思い起こしたのは幼き日の私だった。
 ヴァイオリンは体の大きさに合わせてによってサイズを少しずつ大きくしていく。今でこそ1/1スケールだけれど、ここに到達するまでには、様々な大きさのヴァイオリンを手にしてきた。
 父は、私が成長するたびに新しいヴァイオリンを買ってくれた。それは家に先生を呼んでいた時にはとても嬉しかったけれど、ヴァイオリン教室に行くようになってからは、単純に喜べなくなった。
 今考えてみると、幼かったなと思うのだけれど。父が買ってくれたヴァイオリンは、スケールは小さくとも、それなりの値のするものだった。それでも当時の私は、教室で貸し出していた、先輩達のお古にとても憬れていた。
 体のサイズに合わせてヴァイオリンを何度も買いなおすことの出来ない生徒達が、使い込まれたヴァイオリンを弾く。そんな中、自分だけ、他の誰の指紋もついていないピカピカのヴァイオリン。それがなんだか、自分には何の歴史も無いように思えて……。
「みちるママ?」
 物思いに耽っている私の顔を、心配そうにほたるが覗きこむ。やっぱりこっちがいい。新品の色鉛筆を胸に抱きしめて、申し訳なさそうに言う。
 バカね。抱きしめる代わりにほたるの頭をそっと撫でると、私は色鉛筆の束を小さな箱に入れ、ほたるに渡した。
「今日あげた色鉛筆が同じくらいの長さになるまで、ほたるが預かっていて?」
 自分もお下がりのヴァイオリンが欲しいといったときに、父に言われた。歴史が無いのが嫌ならば、今から自分で刻んでいけばいいと。
 それから私は、どんなに短い付き合いだったヴァイオリンも、他の生徒達が使っているものと殆ど変わらないくらいの歴史を刻んだ。勿論、総て自分ひとりで。
「使っちゃ駄目なの?」
「同じくらいの長さになったら、私の色鉛筆と比べっこしましょう? ほたるがどの色を好んで使うのか、現れるはずだから」
 二つの箱を抱えたほたるの手を、そっと包み込む。
 この手は甦った記憶のせいでまっさらでは無くなってしまったけれど。それでも、今から作り上げていく歴史で、きっと前世を覆いつせる。
 そんな願いを託して。私は少しだけ強く、ほたるの手を握りしめた。
(2010/08/31)
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