598.ラクガキ(はるみち)
 ソファに座り、鼻歌を歌いながらスケッチブックに鉛筆を滑らせる。モデルになってもらったことは一度しかないけれど、落書き程度の絵なら考えなくても絵筆が進む。
「随分と、楽しそうだな」
「……はるか」
「息抜き?」
「まぁ、そんなところね」
 コーヒー飲むだろ。キッチンカウンタに回ったはるかの声が聴こえてくる。返事をしようと振り返ると、コーヒーをセットし終えたはるかが立っていた。
「それ、僕の顔?」
「っ」
 絵を覗き込まれて、反射的にスケッチブックを胸に押し当てる。隠すことないだろ。苦笑しながらはるかが言う。けれどそれ以上覗き込もうとはせず、私の隣、少し離れたところに腰を下ろした。
 ゆっくりと、スケッチブックを体から離す。
「モデル、いなくても描けるんじゃないか」
「落書きよ」
「似てたと思うぜ?」
 一瞬しか見ていないはずなのに、はるかは妙にはっきりと言った。そうかしら。思いながら、ふたりのはるかを見比べる。
「でもやっぱり、落書きは落書きよ」
 モデルになってもらって書いたあの絵のような輝きは、この絵にはない。落書きだからか、想像で書いたからなのか、その両方なのかもしれないけれど。
 スケッチブックを閉じ、はるかとは逆隣に置く。その私を見てか、はるかはまた苦笑した。
「完璧主義なんだな、君は」
「……えっ?」
「コーヒー、飲むんだよな?」
 聞き返す私を無視して言うと、はるかは返事を待たずにキッチンへと向かってしまった。
「何よ、もう」
 楽しそうにコーヒーを淹れているはるかに妙な淋しさを覚えた私は、気付かれないよう呟くと、何人ものはるかを胸にそっと抱えた。
(2010/07/09)
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送