622.雪の中(はるみち)
 深く息を吐いて変身を解く。途端に襲ってきた寒さに、僕は思わず身を震わせた。この温度差にはまだ慣れないな、と苦笑する。
 変身時の方が見た目には寒そうだが、実際は星から守られているため気温の影響を受けにくい。敵からのダメージだって、あれでも大分軽減されている。
 しかし、幾ら寒さを感じにくくなるからといって、あの姿のままで家まで帰るわけには行かない。そんなことをしたら正体がばれてしまうし、だいたいあれは敵がいるから許される姿だ。
 それにしても。こんな大雪の中で破壊活動なんて、敵もご苦労なことだな。甦る断末魔の悲鳴に目を細めながら敵の消えた方角に目をやると、視界の端に佇んでいる影を見つけた。
「みちる、いつまでそうしてるんだ?」
 変身も解かず、空をただ眺めているその横顔に問いかける。ゆっくりと視線を僕へと落としたみちるは、何も言わずただ微笑んだ。グローブを外し、両手を空にかかげる。
「みちる?」
「不思議ね。手の中で融ける感触はあるのに、冷たくないの」
 傍に立った僕に手のひらを出し、舞い降りてきた雪をそっと握りしめる。ややあって開いた手の中には、もう雫しか残っていない。
「手がかじかんでヴァイオリンを弾くことが出来なくなるから、雪で遊ぶことはもちろんだけれど、こうして雪の日に外にいることもあまり喜ばれなかったわ。それなのに」
 皮肉なものね。自嘲気味に呟くと、みちるは再び灰白色の空を見上げた。頬に当たる雪が雫となって、僕に錯覚を起こさせる。
「なぁ」
「ごめんなさい。はるかは寒いのに」
 呼びかけた僕に、慌てて視線を落としたみちるが変身を解こうとするから。今度は僕が、慌ててみちるの腕を掴んだ。手の冷たさにか、それとも止められたことにか、息を詰めたみちるに微笑む。
「敵もいないのに、1人でそんな恰好をしていたらちょっとアレだろ?」
 みちるから手を離し、ロッドを取り出す。変身をした僕に、みちるは詰めていた息を溜息に変えて吐き出した。
「二人でも、やっぱり変よ」
「君と同類と思われるなら、構わないさ」
 グローブを外し、みちるの手に触れる。体温を確かめるように指を絡めてみたけれど、僕たちの温度差はもう殆ど感じないほどになっていた。
(2010/11/10)
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