648.長い髪の後姿(蔵飛)
 見慣れた、後ろ姿を見つけた。
 魔界にはもう来ない。だから大会にも出場はしない。そう聞いていた。だが、あの色は、クセのある長い髪は、見間違えるはずがない。
 蔵馬っ。
 どうにか叫び出しそうになるのは堪えたものの、柄にもなく、人ごみに向かって走り出す。向こうは歩いているのに、一向に追いつかない。俺の妖気に気付いていないわけないはずなのに、振り返る様子もない。
 何を企んでいる。俺を何処に連れて行こうとしている。どうして自分がこんなにも焦っているのか分からないまま、それでもひたすらに走り続ける。
 何をしている。振り返れ。蔵馬。
「蔵馬っ!」
「……どうしたんですか?」
 突然、視界いっぱいに映りこんだ蔵馬の顔。伸ばされた手が俺の頬に触れ、そっと唇が重なった。
「蔵馬。お前。どうしてここに……」
「オレの部屋にオレがいなくて誰がいるっていうんですか? まぁ、帰ってきたらあなたが眠っていたのには驚いたけど」
 言われて初めて、俺は重量のかかり方が立っている時のそれとは違っていることに気付いた。蔵馬のいなくなった視界には、もう見慣れてしまった天井が映っている。
「大分うなされていたけど、何か怖い夢でも?」
 怖い夢。怖かったのだろうか。夢の中では、俺はもうずっと長い間蔵馬に会っていないことになっていた。だから、あれほどまで焦って、見慣れた後ろ姿を追いかけていた。
 その髪を、掴まえたくて。
「痛い、な」
 気が付くと、俺の手は蔵馬の髪をしっかりと掴んでいた。強く引き、唇を重ねる。
「飛影、よくオレの髪掴むけど。好きなの? それとも、鬱陶しい?」
「……掴みやすいから掴んだだけだ」
 それ以外を掴もうとすると、何故かすり抜けてしまうような気がして。指に幾重にも髪を絡め、蔵馬のうなじを掴む。
「出来るなら、もっと体温を感じられるところを掴んで欲しいな。手とか、こっちとか」
 空いていたオレの手を掴んで自分の下肢へと触れさせる。熱を持ち、形を成し始めているそこに、蔵馬の手が離れても俺は手を離すことが出来なかった。
「馬鹿が。このまま握り潰してやる」
 苦し紛れの言葉を吐き、少しだけ力をこめる。だが、蔵馬には俺が本気ではないことなど当に分かっていたらしく、楽しげに口元を吊り上げたままこの手の行く末をただ感じていた。
(2010/11/14)
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