650.井の中の蛙(周裕)
「良かったと思ってる。裕太がルドルフに行って。観月のことだけはやっぱり許せないけど。それでもね」
 大会の帰り道、なにを話せばいいのか迷ってると突然兄貴が言った。行き成りだったし独り言みたいな口調だったから、一瞬聞き間違えたのかと思った。でも、見つめた兄貴の口元には微笑みが浮かんでて。聞き間違いなんかじゃないと知った。
「怒ってねぇのか?」
「どうして怒る必要があるんだい? 裕太が自分で決めたことなのに」
 じゃあ、哀しかったり淋しかったりは? 思わず言いそうになったけど、吐き出す前に飲み込んだ。
 やっとのことでオレを見た兄貴が、クスクスと声を上げて笑い始める。
「なんだよ」
「ずっと、僕の背中を追ってるばかりじゃ。井の中の蛙と同じだからさ。裕太にはもっと広い世界を見て欲しかったんだ。僕に促されてじゃなく、自分から」
「なんだよ、それ」
「このセカイは不二周助と不二裕太の二人だけじゃないんだってこと。気付いて欲しかった」
 なんだよ、それ。なんだよ。
 まるでオレが兄離れ出来てないみたいじゃん。まるでオレが離れていくことを望んでるみたいじゃん。
 頭の中をグルグルと回る二つの感情。けど、淋しさを認めると、オレが兄貴離れしてないことを認めたことになるから。
「ばっかじゃねぇの」
 怒りにすり替え、吐き出すように言った。それなのに、兄貴は相変わらず笑ってる。
「でもさ、裕太。そうやってセカイを見たあと、また僕の所に戻ってきてくれると、もっと嬉しいな」
 少し勢いをつけて、ぶつかるようにして体を寄せると、兄貴は小さい頃みたいに手を繋いできた。中学生にもなって、兄弟で。なにやってんだ。そう思って手を振り解こうとしたけど。久しぶりの兄貴の温もりは何故か手放しがたくて。握り返しはしなかったものの、オレは兄貴に手を握られたまま歩き続けた。
(2010/12/14)
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