659.はらはらと舞う(周裕)
「こうして、裕太とまた、桜並木を歩けるとは思わなかったな」
 半歩だけ前に出た兄貴は、振り向いてそう言うと優しく微笑った。
「何で歩けねぇと思うんだよ」
 その笑顔に照れたオレは、桜を見るフリをして目をそらすと、乱暴に言った。そうだね、と少し遅れて兄貴が返す。
 何となく視線を戻すタイミングを失ったオレは、そのまま桜を眺めながら歩いた。兄貴がどんな表情をしているのか気になったけど、どんな表情で兄貴を見たらいいのか分からないから、振り向けない。
「ねぇ、裕太」
 桜並木も終わりに近づく頃、突然兄貴がオレを呼んだ。振り向くと、兄貴はそこにいなくて、体を捻ったところでようやく視界に入った。
 いつから立ち止まってたんだろ。全然、気付かなかった。
「随分と、大きくなったね」
「……まだ縮むような年じゃねぇよ」
 向かい合って言ったオレに、兄貴は曖昧に微笑って口を開いたが、その先を突風が邪魔をした。
 街の音をかき消す風の音。目を瞑りたくなる暴力的な花吹雪。それでも、兄貴はオレを見つめていた。オレと同じ色のさらさらとした髪が、青い眼を隠そうとするその中でも。
 兄貴?
 言葉にはせず、問いかける。オレに何を訴えようとしてるのか、読み取ろうと目を凝らす。
 兄貴が零す言葉の本当の意味ならちゃんと分かってるつもりだけど、そのもっと奥の部分まではいつも知ることが出来ない。どれだけ耳を済ませても、どれだけ目を凝らしても。
「裕太」
 風が止み、街が音を取り戻すと、兄貴がまた呼んだ。足早にオレの前に立ち、手を伸ばす。
「なっ」
「花びら」
 オレの髪からとったのだろう花びらを摘んでみせる。掌にのせ、風に飛ばすと、兄貴は行方を追うように顔を動かした。そうして見えた兄貴の頭に、今度はオレが手を伸ばす。
「裕太?」
「花びら。それに、髪ぼさぼさ」
「……ありがとう」
 礼を言われることでも喜ばれることでもないはずなのに、兄貴は嬉しそうに目を細めると、オレの手から花びらを受け取り、また風に飛ばした。
(2010/08/01)
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