660.泣き腫らす(はるみち) ※『746.恐くない恐くない』の翌日
「おはよう、はるか」
「ん? ああ」
 眠い目を擦りながらソファに座るはるかに苦笑すると、私はコーヒーをいれた。二人分のカップをトレーに載せ、隣に座る。
「あまり眠れなかったみたいね」
「泣いてるほたるを放っておいて、自分だけ先に寝るわけには行かないだろう? それに、また悪夢にうなされでもしたら困るし」
 サンキュ。呟いてコーヒーに口をつけると、はるかは大きな溜息を吐いた。天井を仰ぐようにソファに寄りかかり、眉間の辺りを指で揉む。まるで徹夜明けのせつなみたいね。笑う私に、仕方がないさ、と優しい声が返される。
 もう、ほんとうに。この人は……。
 カップを置き、はるかの肩に頭をのせる。ソファの背もたれに広げられていた腕を、毛布でもかけるように自分の体へと回して。
「君が朝から甘えてくるなんて、珍しいな」
「あら。私はいつだって、あなたに甘えたいと思っていてよ」
「へぇ。それは知らなかった」
 喉で笑うはるかが、体を起こす。どうしたのかと思うよりも先に、唇が静かに触れた。
 再びソファに沈んだはるかの腕が、私を強く抱き寄せる。
「朝からせつなの血圧上げちゃうな、これは」
 笑いながらも私を離そうとはせず、それどころか髪の匂いでもかぐように鼻を埋めてくる。
「……私も、泣き腫らせばいいのかしら」
 はるかの髪を撫でながら、呟く。え、と漏れてきた声に、私は急に恥ずかしさを覚えた。何。訊いてくるはるかに、なんでもないと言葉には出来ずただ小さく頭を振る。
「特例だろ、あれは。ほたるの真似なんかしなくても、僕はいつだってみちるの傍にいるじゃないか」
 昨夜ほたるをあやした時のような優しい声。その内容に、ちゃんと聞こえてるんじゃない。思わず、悪態を吐きたくなる。けれど。
 なだめるように髪を何度も撫でるはるかに、私の言葉は音となることはなく。伝わってくる温もりに、ゆっくりと目を閉じた。
(2010/11/03)
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