663.コトコト煮込む(蔵飛)
 ――どんな肉でも、こうして煮込めば柔らかくなるんです。
 夕食の準備をするからと昼食後に台所に立ったままいつまでも部屋に戻ってこない蔵馬の背中に聞くと、そんな答えが返ってきた。寸胴鍋から立ち上る湯気が低い唸りを上げて回転する換気扇の中へと吸い込まれていく。酷く退屈な風景。だが一人部屋にいるよりはましだと思い、椅子の背を前にして座ると、背もたれに腕を乗せた。鍋をかき回す蔵馬の後ろ姿を、じっと眺める。聞こえてくるのは換気扇と鍋の音だけ。
 そんな昔のことを思い出し、俺は思わず口元を緩めた。目の前には寸胴鍋。シンクを見ると、夥しい量の血液が赤茶け固まり始めている。
 筋肉質な俺と違い、しなやかだった蔵馬の肉体(からだ)。それでも生で食べるには抵抗があったし、焼いて食べると硬かった。だから、今こうして煮込んでいる。
 ――死んだら、食べてくださいね。一口でもいいから。オレを、あなたの中に取り込んでください。
 戯れに呟いた蔵馬の言葉。いざ実行に移すとなると、一口というのは余りにも、哀しすぎた。
 どうせ取り込むのなら、俺の全身にまでお前を生き渡らせてやる。
 鍋から立ち上る湯気は主を失った部屋から出ることを許さず、天井に上って広がっては消えていくその様を、俺は鍋をかき混ぜながらぼんやりと眺めていた。
(2010/12/02)
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