669.青い封筒(周裕)
 一瞬、何だか分からなかった。
 頭上から舞い降りる、白と青の紙吹雪。
 見上げると、憮然とした表情の裕太が、僕の部屋の窓からそれを降らせていた。
 ああ、見てしまったのか。そう思った。
 僕が書いた、幾つもの謝罪の言葉。
 何に対して謝ったらいいのか分からずに、思い当たることを次々に書いていった手紙。
 結局支離滅裂になり、出せずに、机の抽斗にしまっておいた青い封筒。
「人の部屋に入って、机まで漁るなんて。ルドルフに行ってから、随分と素行が悪くなったんだね」
「直接言わずにうだうだ手紙に書き付けるなんざ、兄貴は随分と内気になったんだな。……姉貴に言われたんだ。見てみろって」
「それで、裕太は姉さんの言うことなら、こそ泥みたいなこと、するわけだ」
「なっ……」
 姉さんか。成る程。
 僕と裕太が仲違いしてしまっていることに、僕以外で最も落胆しているのは姉さんだろう。
 けど、このタイミングで、このやり方はどうなんだろう。
「……まぁ、なんとでも言えよ。どうせもう、その言葉はオレには届かねぇんだ」
「もう帰ってこないつもりかい?」
「言いたいことは、手紙に書き連ねるんだろ?」
 冷たい目。ルドルフに行く時ですら、こんな目はしたことなかったのに。向こうで何かがあったのか、それとも、僕の手紙を読んで変わってしまったのか。
 おかしいな。裕太の心が欠片も分からない。仔細までとは行かなくても、その方向くらいは手に取るように分かったはずなのに。
 たった一ヶ月。それだけで、兄弟という繋がりはこうも弱くなってしまうものなのだろうか。
「それ、ちゃんと掃除しとけよ。風に飛ばされでもしたら近所迷惑だし、そこから誰が兄貴の弱味を握るかもしれねぇ」
「心配してくれてるんだ?」
「兄貴の弱味を握ってるのはオレだけで充分だ。他の奴等が握ってたら、効果も薄れるだろ」
 折角、なんとか微笑んで見せたのに、裕太は冷たい声を降らせるとピシャリと窓を閉めてしまった。
 もしかしたらブラインドの影から覗いてくるかもと、暫く窓を眺めてはいたけれど、目的とした隣の窓からもれてきた灯りに、裕太が自分の部屋へと戻ってしまったことを知った。
 仕方なく、その場にしゃがみこみ、僕の謝罪の欠片を集めようと手を伸ばし、見えた文字に指先が止まった。
 白い便箋。書かれていたのは『好き』という文字。
 裕太が転校だけじゃなく、どうしても家を出て寮生活をするというその日に、僕は自分の気持ちを告げた。無理矢理にキスもした。勿論突き飛ばされ、殴られた。口元を乱暴に拭いながら僕を見つめた裕太の目には、涙が浮かんでいた。そういえば、あの時の表情の意味も、僕は分かっていない。
「……ゴメン」
 もうとっくに痣の消えている頬を押さえ、あの時と同じように呟く。
 手紙には、僕の気持ちに対することは何も書かず、ただ、あのキスだけを謝った。もう二度とあんなことはしないと。本当は、それ以上のことをしたいくせに。
 嘘だらけの謝罪。それは寧ろ、これからの制約に近いものだったかもしれない。それを見抜いたから、裕太はあんな目を。いや、それは分からないが。
 溜息をつき、僕の気持ちを掌で握り潰す。
 立ち上がって見渡す庭先に派手に散らばった二色の紙切れは、僕の心にも、裕太の心にも、二人の絆のようにも見えて、何だか物悲しかった。
(2011/07/14)
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