701.口が裂けても言えない(はるみち)
「ふざけないで」
「傷つくなぁ。これでも本気なんだぜ?」
 傷つく? 傷つけているのは貴女の方じゃない。
 女性にしては大きなはるかの手の中で、みちるは奥歯を強く噛み締めた。擦れて痛んだ手首の力は抜いても、その瞳は変わらずはるかを睨みつけている。
 何が起こったのか、みちるは少しだけ冷静になった頭で考える。だが幾ら考えてみても、帰ってきたはるかに無言で押し倒され、抵抗する間もなく服を剥がされ手首を縛られていたという、その事実しか分からなかった。
「もうやめて、こんなこと」
「こんな事? どんな事?」
「はるっ……」
 はるかの指先に力が入り、みちるの口が僅かに開けられる。その隙に滑りこんできた感触に体をビクつかせると、喉の奥ではるかが笑った。
「ねぇ、みちる。僕にどうして欲しい?」
「……離して」
「そうじゃないだろ。本当のこと、いいなよ」
 目を細めて笑いながら、はるかは指先を滑らせた。顎の先から喉を通り、しかし肝心なところに触れる前に手を離す。
「質問を変えよう。僕がどうしたいか、分かるかい?」
 甘い声で囁き、みちるを見つめる。その手は体の何処にも触れていないというのに、はるかの真っ直ぐな目にみちるは体の中が熱くなっていくのを覚えた。
 でも。絶対に、言わないわ。
 今のはるかはいつもと違う。はるかの欲しがる言葉を口にすれば、こんな苦痛はすぐに終わる。しかし、だからこそ、みちるは何も言いたくはなかった。
 正気のはるか以外に求めるなんて、絶対に嫌……。
 はるかの視線が体に及ぼす影響を振り払うように、きつく見つめ返す。その目にはるかは一瞬怯んだが、すぐに視線を繋ぐと口元を釣り上げて笑った。
 じわりと汗ばんでくる肌に不快感がこみ上げてくる。それでも、互いに目をそらすことはなく、この時間は永遠に続くような気さえしていた。
(2010/08/27)
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