709.肝(星はる)
 どうしたら、こいつを手に入れられるんだろうか。最近は、気づくとそればかり考えている。
 猫のように柔らかい髪。起こさないようそっと掻きあげると、整った眉の間に、深い溝が刻まれている。
 オレに対して勝手に振舞っているのは、決してオレに気を許しているわけじゃない。こいつの寝顔を見る度に、それを思い知らされ、胸が痛む。
 手に入れられれば。オレのものに出来れば。こいつの苦しみを解放してやれるし、オレ痛みだってきっと消える。
 だけど、その方法が分からない。
 抱いてみたって、そもそも欲しいと思った時には、オレは既にこいつを抱いていた。
 体を繋げたって、心は手に入らない。
 そもそも、こいつの心が何処にあるのか分からない。
 心臓か? だとしたら、取り出してみれば心が見えるのか? いっそのこと食べてしばえば……?
 馬鹿げた話だ。そんなことをしたら、こいつは死ぬ。何も手に入れられないまま。だけど、誰のものにもならないまま。
「……人が寝てる間に、何やってるんだ、お前は」
 心臓を掴み出すように突き立てた5本の指。声を無視して更に力を篭めると、痛みに顔を歪めながらも、天王は喉の奥で笑った。
「僕を殺したいのか?」
「まさか、殺されたいとかいわねぇよな?」
 オレの言葉に、また、笑う。
 本当に。心がそこにあるというのなら、その胸を開いてしまいたいと思う。
「抵抗くらいしろっつーんだよ。マゾか、お前」
「……それはお前だろう?」
 天王の両手がオレの右手を掴み、一気に捻り上げる。痛みに気を取られている隙に、どうやったのか、気が付くとオレの視界には天井が映りこんでいた。
 指先がオレの唇に触れ、首筋を滑って胸に辿り着く。
「痣、残るだろうな」
 呟き、オレの胸に指を突き立てる。痛みに目を細めながら天王の胸を見やると、5つの赤い痣が円を描くように残されていた。
「オレの心臓を取り出して、どうするつもりだよ」
「……お前は、どうするつもりだったんだ?」
「知りたいか?」
「いや」
「……だろうと思った」
 予想通りの返事に内心で舌打ちしながら、無理矢理に笑ってみせる。突き立てられた指先に触れると、抵抗もなく指先が剥がれた。
 不思議に思って見上げると天王の顔はすぐそこにあり、触れ合う指先が絡まるよりも僅かに早く、オレの舌は絡めとられた。
(2010/09/06)
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