713.几帳面(不二乾)
「これは、なんか。随分……」
 初めて案内された彼の部屋。予想に反した光景に、僕は何も言えなくなった。
「少し散らかっているが。まぁ、ベッドにでも座っててくれ」
 物が多過ぎるからと言うだけでは説明がつかない乱雑さ。棚にあるビデオテープはふってあるナンバーが見事にバラバラに並んでいる。
 まぁでもきっと、何が何処にあるのか自分だけは把握してるんだろうな。
 ベッドに載っている雑誌を隅にどかし、腰を下ろす。軋む音が妙にいやらしく感じたのは、ブラインドが閉まっていて、昼なのに薄暗いこの部屋の雰囲気のせいだろう。
「今、不二のデータを出すから、もう少し待っててくれ」
 僕に背を向けるようにして椅子に座り、PCを起動させる。真っ黒なデスクトップに映る彼を見つめていると、目が合った。そのことに微笑むよりも先に、顔を背けられる。
 もしかして、緊張してる?
 彼を僕の部屋に呼んだ事はない。そんなことをすればきっと、データ収集に夢中になって、僕を忘れると思ったから。
 だから、付き合いを始めて二ヶ月経った今もまだそういうことはしたことがない。キスくらいなら、あるけど。
「ねぇ、乾」
 音を立てずに近づき、耳元で囁きかける。キーボードばかりを見つめていた彼は、僕が背後に立ったことに気付かなかったらしく、派手に身体をビクつかせた。笑い出しそうになるのを堪えて、その太い首に腕を回す。
「僕のデータなんてさ、後でプリントアウトしてくれればいいから」
 強引にこっちを向かせて、唇を重ねる。抵抗が形だけだった彼は、あっさりと僕に従った。手を引いて、ベッドへと誘い込む。
 その時、彼の足が床に積まれていたディスクの山を崩したけれど、僕は気にせずに彼をベッドへと横たえた。
 男として、という言葉がこの場合相応しいかどうかは分からないけれど、ずっと乾をこうしたいとは思っていた。今日、部屋に来たのだって下心ありきだ。
「乾」
 改めて唇を重ね、探るようにシャツのボタンを外していく。
 初めての行為。当然慣れていないから、もどかしさにボタンを引きちぎってしまいたい衝動に駆られたけれど。逃げはしないのだからと何度も自分に言い聞かせ、何とかシャツを脱がせることに成功した。
「……ち、ちょっと待て」
 さて、いよいよだ。そう思ったのに。彼は僕に掌を見せると、腕の中からするりと逃げ出してしまった。
「乾?」
 まだ早すぎたのだろうか。それとも、何か機嫌を損ねることでもした?
「やっぱり駄目だ。どうしても、我慢できない」
 ただ呆然と眺める僕に、ベッドからも降りてしまった彼は、そういってしゃがみこんだ。カチャカチャと、何やら音を立て始める。
「さっき、崩してしまったのでな。戻しておかないことには、どうにも気持ちが悪くて」
 独り言、というよりは、僕に対する言い訳のような言葉。言っている意味が分からず、ベッドの上から彼の手元を覗き込むと、そこには先ほど崩したディスクが元通りにバランス悪く積みなおされていた。
(2010/09/17)
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