734.ヒマワリのよう(不二菊)
「うわー。すっごーい!」
 視界一杯に広がった花畑に叫ぶと、やっぱ向日葵っていいよな、と英二は僕を振り返った。
 青い空と黄色い向日葵の花と、太陽のような笑顔を、ファインダーに収める。
「あーっ。不二っ。不意打ちはすんなっていっつも言ってんじゃん」
「ごめんごめん。でも、英二はやっぱり、自然の笑顔が一番だから」
 言いながら、改めてカメラを英二に向ける。それに反応するように英二はさっきとは違う笑顔を見せると、カメラに向かってピースサインをした。子の写真はお気に入りにならないだろうな、と思いながらシャッターを切る。
「俺、花のことあんましよく分かんないけど、向日葵だけはなーんか好きなんだ」
「どうして?」
「なんか、太陽に愛されてるって感じすんじゃん。相思相愛ってゆーかさ」
 今にもスキップをしそうなほどの軽い足取りで花畑を進んでいく英二を、ゆっくりと追いかける。
 二人の歩調は全然違うし、僕は立ち止まってカメラを構えたりもしていたから、気が付くと英二は視界から消えていた。
「英二?」
 叫ぶわけでもなく、ただ、名前を呟く。それでも返事が来ないかと少し待ってみたけれど、自分でもようやく聞き取れる程度の声だったから、当然聞こえてきたのは蝉の鳴く声ばかりだった。
 黄色い世界に、自分ひとりだけがいるような錯覚。見上げれば青い空はあるのに、澄んだ空気にそれはとても遠く感じた。
 太陽に愛された向日葵。だけど、彼らはきっと太陽を愛してはいない。どれだけ、見つめていたとしても。
 だって、その愛を総て受け入れたらきっと。その花の色は……。
「ふーじっ!」
 僕の思考をかき消すような明るい声。いつの間に後ろに回りこんだのか、英二は僕が振り返るよりも早く、背中に飛び乗ってきた。汗ばんでいたシャツが、背中にベッタリと貼りつく。
「英二。危ないよ」
「ちゃんと声かけたじゃん」
 よろけながら背負う僕に、英二は楽しそうに足をばたつかせた。余計にバランスが取りにくくなるから、英二の手がしっかりと首に絡まってることを確認すると、僕は落ち着きのないその足を持った。
「不二、おんぶは止めろつってんじゃん。かっこ悪いだろー」
「大丈夫だよ、僕たち以外、ここには誰もっ」
 いないから、と続けようとしたけれど、僕は背中を強く押されて言葉を止めた。機嫌を損ねたのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。
「ねぇ、不二。もうちょっと背、高くなんない?」
「無理」
「じゃあ肩車!」
「……英二は、僕の身長をこれ以上縮ませるつもりなのかな?」
「不二の身長が伸び悩んでるのは、カルシウムが骨の太さの方に回ってるからだって自分で言ってたじゃん。これくらい平気だって。なっ。肩車っ」
「無理だよ」
 背中でもぞもぞと動き出す英二に呟くと、僕は持っていた手を離した。わ、と小さな声が聞こえたけど、英二は持ち前の反射神経で僕の腰を足で挟んだ。
「いきなし手ぇ離すなよ。危ないだろー」
「英二なら大丈夫だって信じてたから」
「……不二、それってずるい」
 ようやく僕の首に腕を巻きつけた英二が、耳元で不満そうに呟く。その声に笑いながらも、僕は自分の胸の中に黒いものが渦巻き始めていることを感じていた。
 それは決して負の感情なんかではなく。英二を想うが故の。英二からの光を一つ零さず受け取ろうとした結果の――。
(2010/08/02)
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