747.他言無用(不二塚)
 いつものように手を繋ぐ。久しぶりの感触。だがそれがオレの知っているものと違っていることに驚き、思わず手を離してしまった。訝るように不二がオレを見る。
「お前」
 その手、と続ける前に、不二は何かに気付くと自分の両手を背後に隠した。言葉の続きを失ったオレに、苦笑いを浮かべる。
「秘密だよ」
 握りしめた右手をオレの前に差し出し、ゆっくりとひらく。そこには、オレの知っている女性のような不二の手は無く、マメが潰れて固まりかさついた努力の跡があった。
「折角また君とチームメイトとしてやっていけるんだ。たった一試合で終わったんじゃつまらないから」
「隠すことではないだろう」
「だって、恰好悪いじゃない。僕が努力なんて。今更、さ」
 再び拳を作り、自分のポケットへとそれを隠すと、不二は少し歩調を速めて歩き出した。大股で追いかけ、腕を掴む。
「手塚?」
「オレは嫌いじゃない。お前の、男らしい手も」
 不二の手を強引に引き出し、繋ぐ。振り払われるよりも先に指を絡めると、不二はあっさりと諦めた。もう痛むことの無いオレの肩に、頬を寄せてくる。
「それに、お前が努力をしているのは知っている。隠す方が今更だ」
 技術面ではないが、精神面で、不二はずっと思い悩んできた。勝ちたいと思うことが出来ない。オレの傍にいたいと思いながらも、大会への辞退を言い出したあの日。あれから、不二は自分を奮い立たせるためにどれだけの努力をしてきたか。
「オレは、イップスを克服してきた。お前はどうだ?」
「……どうだろ。試合になってみないと分からないかな。けど、それでも僕は勝つよ。そのための、この手なんだから」
 緩くしか繋いでいなかった手に、力が篭められる。目を合わせると、今度こそ楽しそうに不二は笑った。姿勢を正し、繋いだ手を軽く振りながら歩き出す。その感触に、オレは早くも馴染み始めていた。
(2010/12/04)
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