752.コショウとくしゃみ(蔵飛)
 妙な声が聞こえた。何かと思ってキッチンへ向かうと、彼が立っていた。
「てっきりもう魔界に遊びに行ったのかと思ってました」
「気配を感じていたくせに、よく言う」
「何してたんですか?」
「……別に」
 さり気なさを装い、彼がラックに何かを戻した。見ると、それは蓋が開いたままの胡椒で。さっきの声は彼のくしゃみだったことを知る。
「お腹、空いたんですか?」
「貴様がいつまでも起きてこないからだ」
「起きてましたよ」
 ただ、昨日あなたの相手をするために切り上げた仕事の続きをしていましたが。と、そこまでは言わず微笑むと、冷蔵庫を開けた。キッチンを漁るほど空腹なら、例え昨日の残りものでも、早く出せる方がいいだろう。
 彼の視線を感じながら、幾つかのおかずを大皿にうつし、レンジに入れる。それから彼を振り返ったとき、ふと思い出した声に、思わず笑ってしまった。
「何を笑っている?」
「あなたのくしゃみって、随分と可愛いんですね」
 手を伸ばし、彼の鼻の先を突く。聞かれていたとは思っていなかったのか、硬直した後で顔を赤くすると、手を払いのけ目を伏せた。その様子が可愛らしくて、また笑う。
「貴様っ」
「ああ。おかず、温まったみたいです。ご飯はこれからあたためますから、とりあえず、こっち食べててください」
 テーブルに大皿を置き、彼のために箸とフォークを用意する。随分と箸は使い慣れてきたけれど、時々もどかしくなるらしい。
「……ふん」
 流石の彼も空腹には勝てないのか、仕方がないといった仕草を見せながら、椅子に座った。本当にお腹が空いていたのだろう。迷わずフォークを手にする。
 やれやれ。
 黙々と食べる彼を微笑ましく眺めながら、今日の夜はもう少し腹持ちのするものにしようとオレは思考を巡らせた。
(2011/08/31)
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