763.ビーズ(外部ファミリー)
 母子というよりは姉妹のように、テーブルに広げたビーズをああでもないこうでもないと繋ぎ合わせているほたるとみちるを見て、口元を綻ばせる。キッチンカウンタ越しのため、手前に座ってみちるの手元を覗き込んでいるほたるの表情はあまりよく見えないけれど、聞こえてくる声は歳相応のそれで、心底楽しんでいることは伝わってくる。
「何ニヤけてるんだ。気持ち悪いぜ」
「あれを見て微笑まない人はいないでしょう?」
 視界に入ってきたはるかに、顎でソファに座っている二人を示す。振り向いたはるかは、ああ、と納得すると、再び私に向き直った。
「あの二人、何やってるんだ?」
「夏休みの工作のためにビーズを買ってきたそうなんですが、どうやら必要以上に買ってきてしまったようで。今、余ったもので宿題とは別にアクセサリを作っているそうです」
「へぇ……。あ、コーヒー、頼める?」
「ええ」
 私が頷くのを確認すると、はるかはみちるの向かいに座った。何をやっているのかな、と、まるで父親のような口調で二人に尋ねている。その途端、さっきまで姉のようだったみちるが、ほたるの母親のように見えてくるから不思議なものだ。
「あのね、ほたる、ちびうさちゃんにビーズでブローチ作ってあげるの。ほたるのと色違いで二人でつけるの」
「みちるは?」
「私は、決まっているじゃない。貴女とお揃いよ。子供っぽいなんて文句は言わないでね」
「まさか。君の手作りだぜ? 後生大事にするよ」
 へぇ、と傍らに置かれたビーズの本をパラパラと眺め、二人の手元を何か考えるように見つめる。二人はもう作業に戻ってしまっていて、そんなはるかの視線には気付いていないようだった。
「コーヒー、入りましたよ」
 トレーに載せた人数分のコーヒーを配り、はるかの隣に腰を下ろす。いつもならここはみちるの指定席なのだけれど、今はここしか空いていないのだから仕方がない。みちるも、僅かに顔を上げて私を見たけれど、コーヒーのお礼を言っただけで視線を手元に戻してくれた。
「何を考えてるんですか?」
 向かいの二人の手元を、未だ真剣に眺めながらコーヒーに手をつけるはるかに、小声で問う。いや、と呟いてカップを置き、ビーズを手に取る。
「僕にも、教えてくれないかな」
「えっ?」
「パパ、作るの?」
「そう。ちょっとやってみようかなって」
 意外そうな私たちの顔にはにかみながら、はるかは指輪の作り方の載っているページを開いた。いいわよ、と嬉しそうにみちるが頷く。
「いいなー、みちるママ。はるかパパ、ほたるにも作ってー」
「え。あ、いや。違うんだ」
 期待の眼差しではるかを見つめる二人に手を振り、咳払いをする。その、と珍しく言いづらそうに、はるかは横目で私を見た。
「え?」
「まぁ、だから、その。せつなに、さ」
 私の名前が出た途端、向かい合う二人の視線が私に向かった。一瞬くらい喜びたかったのだけれど、みちるは勿論ほたるでさえ、そんな隙を与えてはくれないらしい。
「みちるは僕に、ほたるはちびちゃんにあげるんだろ? だから、僕がせつなにあげるんだよ」
 な、と同意を求めるように私を見るけれど、流れでも頷くなんて出来るわけがない。確かに、二人がビーズアクセサリをプレゼントする相手に、私の名を挙げてくれなかったことは、少しだけ淋しく思いもしていたけれど。
「ま、僕はみちるからプレゼントされたものを身につけるから、お揃いって言うわけにはいかないけど。構わないだろ? というか、せつなにはそっちの方がいいだろうし」
「そう、ですね」
 どんな意味で言ったのか、けれど私は素直に頷いた。向けられた視線が幾らか緩くなったことで、思わずため息が漏れる。
「何だよ、せつな」
「いいえ。じゃあ、私は仕上げないといけないレポートが在りますので」
 本当に二人の嫉妬に気づいていないのかもしれないと思うほど無邪気に訊くはるかに返すと、私は軽く微笑んで立ち上がった。ただそれだけなのに、はるかは既に本をじっと見つめ、みちるに質問をし始めている。それを見て、ほたるも思い出したように手元を動かし始めた。
 私の存在などもうそこには無いかのような光景に、時空の扉での生活が重なり、僅かに淋しさを覚える。
「コーヒー、飲み終わった頃に、今度は僕が持っていくから」
 立ち尽くす私を横目で見、口元に笑みを浮かべる。その表情の理由は分からなかったけれど、私も微笑み返すと、安心してリビングを後にした。
 もう、独りでも大丈夫。そんな言葉が頭に浮かぶ。時空の扉からはるかたちを見守っている自分を思い浮かべながら、私の右手は気が付くと温もりが宿るであろう左手の薬指を撫でていた。
(2011/08/20)
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