769.卑怯なり(蔵飛)
 卑怯だと思う。
 好きだ、なんて聞き飽きた言葉だ。今更、そんなことを言われたところで心は一ミリたりとも動かない。それなのに。
「愛してるよ」
 抱かれたくない時に限って、蔵馬は言う。いつもの微笑みなど何処にもなく、真剣な眼差しで。
 慣れていない言葉と瞳に硬直する僅かな隙を突いて、蔵馬は俺を抱く。一度その温もりに捉まれば、逃れる術を俺は知らない。
 行為の最中に、その言葉を聞きたくなる時が、ある。ごく稀に。だが、蔵馬は決して口走りはしない。俺を抱きこむ手段としてしか、使わない。
 それなのに、蔵馬は俺にその言葉を言って欲しいなどという。うわ言でもいいから、と。
 うわ言でもいい、とはどういうことなのか。俺はうわ言としてのその言葉を聞きたいと思っているのに。
 腹が立った。
「だったら手本を見せてみろ」
 再び唇を重ねてこようとする蔵馬の胸を何とか押しやり、言い放った。ベタつく下半身をそのままに、蔵馬に背を向ける。
「嫌ですよ。オレは、熱にうかされた状態では、言いたくない」
「勝手だな」
「気持ちを込めたいだけです。でも、あなたにそれを望むのは酷でしょう?」
 俺の肩を掴み、強引に仰向けにさせる。交わした視線に込められた熱に、来る、と分かった。
「愛してる」
「あ……」
 身構えても、また、捉えられる。何も言い返すことが出来ないのは、ただ、その作用が強すぎるだけなのだけれど、蔵馬は短く息を吐くと口元を歪めて微笑った。
「だから、うわ言でも構わないといってるんですよ」
 俺に触れてくるのだろうと思ったが、蔵馬は呟くだけで元の場所に戻ってしまった。俺に背を向けて、無理矢理寝ようとするかのように、深い呼吸を繰り返す。
 卑怯だ。今度は、違う理由で思った。
 その言葉を投げかけておいて、何もしないなどと。放置されたら、俺は自分からお前を求めざるを得なくなるのに。
「蔵馬」
 手を伸ばし、肩に触れる。蔵馬がさっき俺にそうしたように仰向けにさせ、蔵馬がしてくれなかった口付けを交わす。
「飛影?」
 見上げる蔵馬に、口を開いては、何も言わず吐息だけを漏らす。やはり。俺にはまだ、難しい。
「ありがとう」
 何を、感じ取ったのか。蔵馬は俺の頬に触れ嬉しそう微笑っては、手を滑らせて俺を強く抱き寄せた。その温もりに安堵している自分に、誰にともなく、卑怯だ、とまた思った。
(2011/03/26)
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送