770.お手をどうぞ(はるみち)
 私を見つめるはるかの指先が、僅かに動く。本当は倒れた私に手を差し伸べたいのだと分かってる。それをしないのは、自分の手が血に塗れているからだということも。
 そんなの。私の手だって赤いのに。
 気にしないでと言ってみたところで、きっと無駄。私の声ははるかには届かない。もし、はるかを変えられる人がいるとするなら、それは私じゃなくて。
「大丈夫か?」
 変身を解いたはるかが私の元にしゃがみこむ。もうその手に忌むべき色は残っていなくても、手を貸してはくれない。
 どうしてそんなに頑ななのか。私の事を本当に思っているのなら、一緒に堕ちてくれと言って欲しいのに。私だけ綺麗なままでなんて、そんなの、はるかの自己満足にしか過ぎないのに。
「みちる?」
「……大丈夫。受身はちゃんととったわ」
 はるかから目をそらして立ち上がる。大丈夫ではないと、一言いえば。もしかしたらはるかは手を貸してくれたのかもしれない。あの日の、はるかの前で初めて変身した日のように。
 けれどそれをしないのは、きっと。
「私の我侭ね」
「え?」
「何でもないわ」
 変身を解き、自分の両手を見つめる。はるかが自分の掌に見えないはずの色を視るように、私の手にも。赤く染まった鎖が――。
(2011/02/04)
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