776.深淵を覗き込む(はるみち)
 はるかに、痛くされた。

 始まりはいつもと同じだったはずなのに、口づけが終わるとはるかは乱暴に私をベッドへと押し倒した。引きちぎるようにブラウスを脱がせ、両手を頭の上で縛りつける。
 そうして苦い顔で私を見据えたはるかは、自分は服を身につけたまま、体を弄った。
 いや。
 吐息だけが響く部屋の中で、抵抗の言葉を口にしてみる。体での抵抗をしないのは、はるかにされることがキライじゃないから。嫌なのは、はるかの温もりを感じられないことだから。
 けれどはるかは。はるかにしては珍しく私の意図を見抜いてくれなくて。いやと再び呟いた私から目をそらし何かを吐き捨てると、更に激しく私を扱った。
 指先で深く抉り、何度達しても解放してくれない。今度は本気で拒絶しようと思ったけれど、撫でられただけで声が漏れてしまいそうになる状態では、最早手遅れだった。
 飛びそうになる意識を唇を噛み締めることで必死に耐え、せめてもの抵抗にと、滲む視界でそれでもはるかを真っ直ぐに見つめる。あれからはるかは一度も私と目を合わせてくれない。
 どうしてこんなことをするのだろう。考えようとしても、次々襲ってくる快楽の波に思考が乱される。
 そうして何度目かの責め苦の後、私はついに気を失った。

 意識が無かったのはほんの一瞬だったと思う。
 瞼に軽い衝撃を感じ目を開けると、はるかは慌てて体を起こし、背を向けるようにしてベッドに座った。
 いつの間にか自由になっていた手で拭った目元。指先についた雫は、きっと私のものじゃない。
 はるか。呼びかけたいのに、声が出ない。それは喘ぎ過ぎたせいもあったけれど、シワのよったシャツの背中が微かに震えているせいもあった。
 はるか。声にならないから心で叫んで、気だるい体を持ち上げる。這うようにはるかに近づき腕を回すと、背中に頬を寄せた。やっと触れることが出来た体温に瞳を閉じ、はるか、とかすれた声で呼びかける。
 ごめん。僕は、小さい、人間なんだ。
 揺れた声。何も返さないでいると、指先に絡まるような温もりを感じた。心地よいと思ったのも束の間、骨が、折れるかと錯覚するほどに強く握られる。
 ――に、嫉妬するなんて。
 えっ。
 聞き返す私に、腕を解いて振り返る。ようやく合わせてくれたはるかの目は、暗く。
 君は、誰にも渡さない。
 呟いた声の小ささに反して、ずっと欲しかった言葉にも拘らず、私の背筋は何故か凍りついた。

 それは、満月の次の夜の出来事。



 ※前提CPあり。
(2012/03/21)
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