782.天泣(はるみち)
 何処までも青く、続いていく空。それなのに今日も。僕にだけ。
 雨が、降る。

「はるか?」
 店から出ることを躊躇う僕に、みちるが怪訝そうな顔をする。視線を僅か上にずらせば、眩しい陽射しが目を細めさせる。
 なんでもない。首を振り、歩き出す。立ち止まったところで、これから起こることを回避できるわけじゃない。
 ひさしを失った僕の上に温かい雨が降り注ぐ。慈雨なんかじゃない。手を出し、それを受け止めれば。見る間に赤く染まっていく。僕のシャツも。
「……海が騒ぎはじめたわ」
「そうだな」
 霊感の強い人間と長く共にいると、それがうつると聞いたことがある。みちるの、未来を見る能力が。こんなカタチで僕に現れたのかもしれないなんて。鋭い目付きで妖魔の気配を探ろうとしている彼女を見て、僅かに思う。
 馬鹿げた話だ。責任を誰かに、よりによって彼女に押し付けようとするなんて。
 これは誰のものでもない、僕の未来だ。降り注ぐ雨は、これから僕が降らせるもの。
 出来ることなら、五感すら塞いでしまいたい。妖魔なんて見つからなければいい。未だ慣れない惨劇。誓いを取り消すなんてことはしないが、後悔がないと言えば嘘になる。
「はるか」
 呼ばれて我にかえる。視線を向けると、みちるが後悔を浮かべた目で、僕を見ていた。雨音が、消える。
 そうだ。僕は。僕が、振り返れば。その数だけ彼女は心を痛める。分かっていたことだ。何度も自分に言い聞かせてもきた。
 それでも、今は。まだ、もう少し。
「行こう。……あっちだ」
 彼女の手から鞄を奪い、かわりに自分の手を滑りこませる。伝わってくる緊張に、自分の卑怯さを感じながら。それでも僕は、前に進むことを決断した。
 雨は具現を目の前に、静けさを取り戻した。
(2010/12/18)
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