796.愚痴の定番(3-6)
「不二ぃ。聞いてよ。大石がさぁ」
 教室に入ってきた英二は、乱暴に鞄を机に置くと、僕の前の席に後ろ向きに座った。肘をついて読書をしていた僕の手を押し退けるように、机に突っ伏す。
 また、はじまったか。
 こうなってしまうと、もう読書どころじゃない。諦めた僕は溜息を飲み込むと文庫を鞄にしまった。ストレートに憬れているという英二のくせっ毛を撫で、どうしたんだい、と先を促す。
「今日はランキング戦のオーダーを決めるから一緒に帰れないって言うんだぜ?」
 オーダー決めるのは部長の仕事なのにさ。呟くと、英二は勢いよく顔を上げた。僕の顔をじっと見つめる。
「不二は何でそんな笑ってられんの? 言っとくけど、大石がオーダー決めるってことは、手塚と一緒に決めてるってことなんだよ?」
 多分、睨みつけてるのだろうと思う。じりじりと近づいてくる距離。少し潤んだような大きな目。可愛いな、と思う。僕が手塚と付き合ってなければ、このまま距離をゼロにしてしまってもいいと思えるくらいに。その際、英二が大石と付き合ってるっていうことは、関係ない。
「ふーじっ。聞いてんの?」
「聞いてる、聞いてる。でも別に、手塚は大石を襲わないし、大石だって手塚を襲ったりはしないよ」
「当たり前だよ、そんなの!」
 もう、と頬を膨らませ、浮かせていた腰を下ろす。離れた距離に少し残念だなと思ったけど、また机を占領されるのも嫌だったから、頬杖をついて英二を眺めることにした。
「……英二って、本当に大石のこと好きなんだね」
「なんだよ。好きじゃないよ、あんな奴」
「好きじゃなきゃ、それくらいのことで愚痴ったりはしないよ。昨日も一昨日も、一緒に帰ったんだよね?」
「そうだけど。……じゃあ、不二は手塚のこと、好きじゃないの?」
「え?」
「不二の理屈ならそうじゃん。不二、手塚と大石が一緒にオーダーつくるの、別に不満じゃないんでしょ」
「僕は英二と違って心広いから」
「……何だよそれ。ずりぃの」
 膨らませた頬の空気を抜き、英二は席を立った。怒らせたかな、と思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。気付けば、学校内に予鈴が鳴り響いていた。
 斜め前で乱暴に机の整理をする英二を眺めながら、内心胸を撫で下ろす。深追いされずにすんだけど、さっきの一言は少しやばかったな。
 ――不二は手塚のこと、好きじゃないの?
 嫌いじゃない。でも、手塚が僕を想ってくれるほど、好きでもない。自分でも感情がよく分からなくなっている。
 このことを、英二のように容易く誰かに愚痴れたら楽になるんだろうけど。愚痴りたい相手と、恐らく僕を混乱させているだろう相手が同じだと、そういうわけにもいかない。
 まったく。
 誰に対する溜息なのか。僕の机にそうしたように、自分の机に突っ伏している英二に苦笑すると、僕も同じように自分の視界を塞いだ。
(2010/11/17)
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