802.するめのような人格(蔵飛)
「なんですか?」
 後ろに目でも付いているのか、俺の視線に気付いた蔵馬は椅子を回転させると微笑んだ。構わずに見つめていると、小首をかしげ、それから再びパソコンとやらに向かった。
 読めない奴だ。
 出会った頃は、大して興味も抱かなかった。妖狐蔵馬が何故人間の姿でいるのか。それくらいで。人間の女を助けるために当時の蔵馬の力では敵わない相手に挑んだことや、夢幻花の花粉を女にかがせた時の切なげな表情が気になりだしたのは、関係が深まり出してからだ。
 命を助けてもらった恩を返したいと母親の元にいるくせに、自分の傍にいたら不倖になるとあの女の記憶を消した。その気持ちが、理解できない。
 まぁ、蔵馬から言わせれば、雪菜に兄だと名乗らない俺の気持ちも理解に苦しむらしいが。
 ……母親だけは守りきる自信があったのか、それともあの女がそこまで大切だったのか。
 何かを一つ知るごとに、分からないことが増えていく。何も知らなければ、恐らく総て分かった気でいることが出来たはずだったろう。
「仕事、もう少しだから集中したいんだけど」
「すればいいだろう」
「あなたの熱視線が気になるんですよ」
「……集中力が足りない証拠だ」
 ああ、熱視線は否定しないんですね。いつの間にか暗くなったモニター越しに蔵馬が俺を見る。溜息を吐いている割に、その表情は微笑っていた。
「終わったのか?」
「あなたの相手を先にするべきかと」
「……ふん」
 蔵馬の重みでベッドが軋みを立てる。俺と出会うことがなければ、この唇はあの女にも触れていたのだろうか。
 偶然だと言っていた。街であの女に会ったのは。だが、その次は偶然ではない。女の、蔵馬を見る目は、あの頃と同じだった。想いは消えていたはずなのに、どうやら新たな想いとしてあの女が抱いたようだった。
「あなたがそんなに気にしてくれるのなら。喜多嶋とこのまま会い続けるのも悪くないかもしれませんね」
 どうしてか、こいつには容易く考えを読まれる。俺の唇は何も語っていないはずなのに、口移しで思考を吸い取られているのではないかと時々思うときがある。
「俺が愛想を尽かすとは考えないんだな」
「そんなもの、抱いていたとは意外ですね」
「ふざけたことを」
「あなたの疑惑の方が」
 声も出さずに笑い、喉元に噛み付いてくる。こいつなら、あの女に会い続けるということもしかねない。ただそれは本当に、会う、だけであろうことも予想が出来る。が。
「本当に。飛影は面白いな。知れば知るほど」
「分からなくなる」
「えっ?」
「お前のことだ」
 そう簡単に読まれることが癪で、俺は呟くと意味深に笑った。だが予想に反し、蔵馬は束の間沈黙しただけだった。
「だから、もっと知りたくなる。でしょう?」
 目を細め、何故か嬉しそうに言うと、蔵馬は俺の思考を確認するかのように再び唇を重ねた。
(2011/03/15)
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