803.それはもっともなことだ(蔵飛)
 どうして彼はオレに抱かれるのだろうか。
 壁に触れるくらいに離れて、ベッドで丸くなる彼の背中をぼんやりと眺める。衣服を纏ってない肌には、オレがつけた幾つもの痕跡がある。
 力で脅されたわけでもなく、利害がそこにあるわけでもなく、そんな状態で嫌いな奴に抱かれたいとは思わない。以前、オレが疑問を零してしまった時に、彼はそんなようなことを言っていた。
 それはもっともなことだと思う。その理屈は分かる。けれど。彼がオレに好意を、愛情を抱いているということだけが、どうしても理解できない。
 彼は、オレを殺したいほど憎んでいたんじゃなかったのか?
 腹部の傷を指でなぞれば、裏切り者、という声が甦ってくる。
 久しく受けていなかった憎悪の瞳。妖狐蔵馬として名を馳せてから、オレに対する視線は怯えのそればかりだった。
 正直、オレはその瞳に性的な興奮を覚えた。忘れかけていた妖怪としての感情が湧き上がるのを感じた。その瞳から光を奪う瞬間を夢見た。
 飛影。
 声にせず呟いて、彼に身を寄せる。白い首筋に唇を落とし、僅かに歯を立てる。
 力が足りない。彼を殺すだけの力が。このままでは、彼の中のオレへの憎悪が風化してしまう。オレの彼への愛情も、妖怪としてのものから人間としてのそれへと変化してしまう。
 このままではいけない。それは分かってる。けど。
「……まだ足りないのか?」
 首に触れたオレの手を掴み、彼が振り返る。薄く笑う唇に触れると、ぬるりとした感触が滑りこんでくる。
「お前はどうして俺を抱く?」
 オレはどうして彼を抱く?
 そんなこと。
「あなたと、同じですよ」
「理解できんな。お前は人間でいたんだろう?」
 人間でいたい。そのためにはこのまま彼を抱き続けて、愛情のカタチを変化させなければならない。けど、そうするとオレは彼を殺せなくなる。
 妖怪としての愛情と人間としての愛情のカタチが違いすぎる。オレ自身、どちらを望んでいるのか分からない。
「そっくり返すよ。あなたは、妖怪でいたいんでしょう?」
 オレの問いかけに、足を絡めて返す。押し付けられた硬い感触にオレのそこも熱を持つ。
 彼と肌を合わせたいという欲望。これだけは、妖怪としてでも人間としてでも共通している。今は、それだけで充分なのかもしれない。
「あなたも、好きですね」
「お前が誘ったんだ」
 互いに笑い合い、口付けを交わす。彼の瞳にはすでにオレに対する憎悪はなく、それを心地良いと感じながらも、何処かで。どうしたら消えた感情を呼び戻せるのかと、性懲りもなく考えていた。
(2011/06/10)
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